« 神ってない流行語大賞2016 | トップページ | 筆者の選ぶケータイ・オブ・ザ・イヤー2016 [はじめに] »

2016年12月15日 (木)

La Gran Prueba - 試練の時、来たれり

いよいよ、日本最強のクラブの実力が試される時がやってきました。FIFAクラブワールドカップで開催国代表として出場した鹿島アントラーズが、なんと南米王者アトレティコ・ナシオナル(コロンビア)を3-0で下し、ファイナリストとなったのです。いつもなら前身のトヨタカップ同様に南米最強クラブ vs. ヨーロッパ最強クラブの対決になりうるところでしたが、まさかJリーグにこんなに強いクラブがいたとは…。アントラーズはとんでもない大番狂わせを演じてくれました。(もちろんいい意味で)

そうです。これがサッカーというものです。

今年、2016年はクラブワールドカップの前身で、同じく世界一のクラブを決めるインターコンチネンタルカップ(トヨタカップ)が日本で開催されるようになってから丁度35年の節目にあたります。元々、UEFA(ウエファ、欧州サッカー連盟)とCONMEBOL(コンメボル、南米サッカー連盟)、FIFAの共催で開催されていたのですが、会を重ねるごとにサポーターの暴徒化が過熱してしまい、大会そのものが中止された年もあったほどだったそうです。

これを憂えたFIFAはインターコンチネンタルカップの第三国開催を計画します。そこでちょうど開催国候補に挙がったのが、治安が良く警備体制もしっかり整った日本でした。それに名乗りを挙げたのが、日本テレビ放送網、電通、トヨタ自動車の3社でした。それ以前はホーム・アンド・アウェー方式で世界一を決めていましたが、日本開催が決まった際はスケジュールの都合から一騎討ちとなりました。

しかし、第1回大会はこれら3者間で独断で進められていたのか日本サッカー協会(JFA)から開催の承認がなかなか下りず、何とか関係各位を懐柔して開催にこぎつけた、とのエピソードが残っています。また、日テレにとってはこれが日本でサッカーを普及させるきっかけになれば、とも思っていたようです。当時から日テレは読売グループの中でも特にサッカーの啓蒙に熱心なメディアでした。

当時はまだメジャーと言えなかったサッカー選手権の中継と言うこともあり、幾度となく中止を求める声が上がっていたようですが、1985年にはかの「将軍」ことミシェル・プラティニ擁するユヴェントスFCが来日し、喝采を浴びたこともありました。

1987年のトヨタカップは世界のサッカー史上に残る名試合となりました。

FCポルトとCAペニャロールが大雪の中、国立で死闘を繰り広げ、審判の制止を振り切りながら延長戦までもつれこみ、結果としてFCポルトが世界一に輝きました。トヨタの社長もこの試合に大変感動したといわれ、一時は中止がささやかれていたこの大会も継続が決まったのです。少なくとも、日本がワールドカップに出場するまで、ないしは三浦知良がセリエA進出を果たすまで、事実上日本で世界トップクラスのクラブを目の当たりにする年に一度の機会でした。

そしてトヨタカップは新たなフェーズへと移行します。2002年の日韓共催によるFIFAワールドカップも成功裏に終わり、その活躍を買われた日本人選手が伝統ある海外クラブへ続々と移籍します。そうです、トヨタカップを見て世界のサッカークラブにあこがれた少年も数知れず。その夢も当時から既に現実と化していました。トヨタカップは2004年大会を以て終了し、翌年からFIFAクラブワールドカップとして開催されることになりました。トヨタ自動車は結局2014年大会を以てスポンサーから撤退してしまいますが、日テレは長年のトヨタカップの中継実績を買われ、引き続きホストブロードキャスターとして携わっています。この中継体制はFIFA主催の大会としては異例と言えるものです。

このクラブワールドカップに、2007年から開催国枠が設けられます。日本開催の場合、J1リーグ年間優勝クラブが出場権を得ることになります。その後は2年ごとに日本開催と他国開催を繰り返すことになりました。これで、J1優勝クラブには新たな目標および試練が課せられることになりました。そうです。

他国開催の時は出場権を得ること、
自国開催の時は悲願の決勝進出を果たすことです。


しかし、Jリーグクラブにとって他国開催でのクラブワールドカップ出場は容易ならざるものでした。常に中韓、中東勢に力及ばず、ACL(AFCチャンピオンズリーグ)で敗北を味わってしまっていました。また、開催国枠で出場できたとしても最高3位とどまりと、世界の壁を痛感することになってしまいました。

今年は年間勝点3位ながらも、川崎フロンターレ、浦和レッズと戦いチャンピオンシップで下剋上を果たし悲願の銀皿を手にした鹿島アントラーズがその戦いに臨むことになりました。筆者は淡い期待を寄せていました。アントラーズと言えばあのジーコも所属したクラブ。Jリーグで一番ブラジルサッカーを知り尽くしているクラブで、堅守速攻を武器にJリーグで最も成功を収めたクラブだから、と…。

我々の期待に応えるかのように、アントラーズは初戦でオセアニア王者のオークランド・シティFCを、準々決勝で南アフリカ王者のマメロディ・サンダウンズFCを下し、勝ちあがってきました。いよいよここからが難関。準決勝の相手は南米王者のアトレティコ・ナシオナル(コロンビア)でした。そうです、これを乗り越えれば成り行き次第では世界最高峰のクラブ、レアル・マドリードCFとの対戦が夢でなく現実と化すのです。

実はアトレティコ・ナシオナルは先日の航空事故により選手、首脳陣のほとんどが殉職してしまったシャペコエンセの代わりに南米王者として出場していました。すなわち、シャペコエンセの遺志を継いでファイナリストになろうと息巻いていたところでした。しかし…

荒々しいプレイを見せるA・ナシオナルをよそに、アントラーズは前半で思いがけぬ幸運に見舞われます。初めて導入されたビデオ判定によりPKが与えられます。これで先制点を獲得し、そのままA・ナシオナルの猛攻を抑えながら1点を死守し前半を終えました。筆者はこのPKだけでは棚ぼただからと、自力で追加点を得てリードを保てば…と思っていました。

その思いも、見事に叶えてくれました。もう1点だけでなく、更にもう1点。そうです。アントラーズは後半で大金星につながる2点を獲得したのです。一方のA・ナシオナルは先制点に怖気ついたのか決定力不足が目立つ結果となり、後半では明らかに精彩を欠いたプレイとなっていました。

そして試合終了のホイッスルが大阪のスタジアムに響いた瞬間…

鹿島アントラーズ 3-0 アトレティコ・ナシオナル

35年越しの悲願がかなうことになりました!

トヨタカップ時代は黙ってヨーロッパ王者と南米王者の決戦を傍観しているだけ、クラブワールドカップでもいくらでもそのチャンスに恵まれたのに南米もしくはヨーロッパ王者という防壁を崩せずにいましたが、とうとう、日本のクラブが南米王者の代わりとしてファイナリストへ勝ち上がることができたのです! まさか、日本にもこんなに強いクラブがあったとは…本当に、本当に大きな意味を持つ一戦でした。なぜなら、クラブワールドカップは世界中へ中継放送されているため、多くの視聴者から「なんで? なんで日本にこんなに強いクラブがあるの?!」と驚嘆されたのではないでしょうか。

いよいよ、2016年12月15日に鹿島アントラーズの対戦相手が決まります。今度は北中米代表にして10万人規模の収容人数を誇る世界最大級のサッカースタジアム、エスタディオ・アステカがホームのメキシコを代表するサッカークラブ、クラブ・アメリカと、もはや説明不要のLa Ligaきっての無双軍団、レアル・マドリードCFです。新・銀河系軍団、とりわけクリスティアーノ・ロナウドに注目が集まりますが、レアルの監督もやはり、ジダネスとパボネスと呼ばれた銀河系軍団の一員だったジネディーヌ・ジダン。前任の監督が解任されたことにより、カンテーラ(下部組織)の監督から昇格する形で千載一遇のチャンスを得ています。

決勝戦はアントラーズにとって厳しい試練になること請け合いです。一方、レアルが準決勝や決勝で見せてくれるラ・マヒア[La Magia]とは何か。乞うご期待。

返す返す、トヨタがこの大会のスポンサーから撤退したのが惜しまれますな…。この準決勝はもちろん、決勝戦も胸を打つこと請け合いなのにねえ…。

« 神ってない流行語大賞2016 | トップページ | 筆者の選ぶケータイ・オブ・ザ・イヤー2016 [はじめに] »

スポーツ」カテゴリの記事

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1429845/68846197

この記事へのトラックバック一覧です: La Gran Prueba - 試練の時、来たれり:

« 神ってない流行語大賞2016 | トップページ | 筆者の選ぶケータイ・オブ・ザ・イヤー2016 [はじめに] »

Other Accounts

2017年5月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

最近のトラックバック

無料ブログはココログ