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2016年12月

2016年12月29日 (木)

筆者の選ぶクソケータイ・オブ・ザ・イヤー2016

2016年12月28日、本家大元から読者が選ぶケータイ of the Year 2016が発表されました。今年は4年ぶりにAndroid端末としてXperia XZ SO-01J/SOV34/601SOがキャリア端末部門のトップに輝きました。

Xperia_xz


インプレスによればAndroidが成熟の域に達したことを伺わせる端末であると評されています。クアルコム独自開発に戻った64bitのマイクロアーキテクチャーKryo(クライオ)採用のヘテロジニアスクアッドコアチップ、Snapdragon 820 MSM8996(2.15GHz×2+1.60GHz×2、Adreno 530)によりハイエンド機らしい良好なユーザーエクスペリエンスの提供を実現しています。そのほか、複数のセンサーを併せてより高速なピント合わせを実現したカメラ、放熱プレートも兼ねた新素材のバックパネル、これからの業界標準I/OとなるUSB Type-Cに対応する一方で充電制御を工夫することでバッテリーに優しい充電を実現するなど、ハイエンドスマートフォンならではのこだわりが詰まった1台でした。実のところ、筆者も年明け後にこの機種への変更を予定しています。Xperia X Performanceが想像よりも良かっただけに、実機を手にするのが楽しみです。

いよいよ、2016年に発表された中で最もイマイチだったスマートフォンを発表したいと思います。これまでの傾向を振り返ってみると、こんな感じでした。

・使うのも苦行なのにアップデートする度に充電が必須でなおかつ最長2時間も使えなくなる機種
・理想ばかり突き詰めてスマートフォンの基礎がガタガタになってしまい、最終的にメーカーを自滅に追いやりガラホ開発への望みを潰してしまった機種
・国産LTEモデム計画の挫折とともに儚く散った機種
・単体で安く売れたはずなのにゴミスペックのワイヤレススピーカーとの抱き合わせ販売で高額端末と化したミドルレンジ機
・普及する見込みがないのにGeek向けと銘打って、一般受けしないスペックと戦略をとったことで不興を買ったFirefox OS機

筆者の選ぶクソケータイ・オブ・ザ・イヤー2015の不名誉に輝いてしまったFx0 LGL25は今、大変カオスなことになっています。なんとSIMロックを解除され、海外へ転売されてしまっています! (参考記事) 実際に、参考記事ではカスタムROMを焼いてAndroid端末として運用してみた結果も掲載されています。関心のある方はぜひご覧ください。本来はグレーゾーンの運用法ですが、これによってAndroid端末として延命を図ることもできます。もちろん、公式サイトは放置プレイ状態で、ハッカソンも打ち切りエンドです。

さて、2016年に発表された中で最も不名誉な称号を得ることになってしまうスマートフォンは一体どれでしょうか? 発表はこの木なんの木の後すぐ…ではなく、続きをご覧ください。

※あくまでも2016年に発表された端末の中で最もイマイチなだけで、問題なく使えたり何らかの工夫があれば快適に使えるようになりますのでご安心ください。

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2016年12月26日 (月)

筆者の選ぶケータイ・オブ・ザ・イヤー2016

いよいよ、本家大元に先立ち筆者の選ぶケータイ・オブ・ザ・イヤー2016を発表したいと思います。その前に、これまでのケータイ・オブ・ザ・イヤーに輝いた端末について振り返ってみたいと思います。

■2010年
フィーチャーフォン部門: F-01C/SH006
スマートフォン部門: Xperia X10 SO-01B

F-01C、SH006ともにフィーチャーフォンの限界に挑戦した全部入り機種だったことを、Xperia X10は今までiPhone一色だったスマートフォン市場へ風穴を開けた点を評価した。また、Xperia X10はOSバージョンアップが提供され、多くのユーザーに「進化する喜び」をもたらしてくれた。

■2011年: Xperia arc SO-01C
Xperia X10から順当に進化しAndroid 2.3を国内発売機種で初搭載したこと、(当時の地点で)過剰スペックにならないよう機能バージョンアップを怠らなかったこと、後のXperia acro SO-02C/SOI11と比較して当時は三種の神器と呼ばれた国内向け機能を省いたことでスタイリッシュなデザインを実現したことが決め手になった。

■2012年: LG Optimus G L-01E/LGL21
日本で発売されたスマートフォンとしてクアッドコアSnapdragon S4 Pro APQ8064を初搭載したことによる。クアッドコアチップが初搭載されたarrows X F-10D/arrows Z FJI13はTegra 3の異常過熱により評判を落としたため、これが日本向けに発売された端末で初めて快適に使えるクアッドコア機となった。これ以降、ハイエンド機はクアッドコア以上が当たり前となった。

■2013年: Xperia A SO-04E/Xperia UL SOL22
どちらもiPhone以外では当時のドコモとauの夏商戦を制した端末。Xperia Z SO-02Eが「理想」の塊ならば、Xperia A/ULはそれを現実的な形で昇華したものだった。特にXperia Aはドコモのツートップに選ばれ、Androidスマートフォンで珍しくミリオンセラーを記録した端末だった。なお、Xperiaシリーズはこの2機種を最後に電池着脱型端末の開発をやめた。正統なXperia Zの後継機、Xperia Z1 SO-01F/SOL23にはこれら2機種の開発経験も活かされていた。

■2014年: Xperia Z3 SO-01G/SOL26/401SO
Xperia Zシリーズ第1の集大成。デザイン面でも性能面でもこの1年半で大きく進化を遂げ、誰でも扱いやすくなった。Xperia A4 SO-04Gを別とすれば、新規開発されたXperia Zシリーズ最後の32bit機でもあった。今なお高い動作の安定性から根強いファンが多く、白ロム市場ではプレミアが付いている。但し…返す返すキャリアごとにOSバージョンのフラグメント化を起こしてしまったことが悔やまれる。ドコモ向けのみAndroid 6.0.1までバージョンアップされたが、それ以外はAndroid 5.0.2とどまりになってしまった。

■2015年: Google Nexus 5X

日本で初めてAndroid 6.0をインストールした状態で出荷された端末。Nexusスマホは常に最先端のAndroid OSに触れられることが売りだが、それ以上に生体認証機能(指紋認証)、USB Type-C端子など、今後のスマートフォンに搭載されるべき機能を示してくれた重要なマイルストーンでもあった。ドコモも取り扱うことになったため、今まで冷遇されてきたキャリア端末のOSバージョンアップも捗ることになった。

では、筆者の選ぶケータイ・オブ・ザ・イヤー2016の栄冠に輝く機種は一体どれでしょう? 発表したいと思います!

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2016年12月21日 (水)

筆者の選ぶケータイ・オブ・ザ・イヤー2016 [はじめに]

毎年恒例の、独断と偏見(?)に基づく筆者の選ぶケータイ・オブ・ザ・イヤーを選出する時期が迫ってきました。本家大元であるインプレスでは2016年12月20日から投票を開始しました。締め切りは26日正午とのことです。

[2016.12.29更新]
各端末の選出が完了しました。詳しくは下記リンクを参照してください。

筆者の選ぶケータイ・オブ・ザ・イヤー2016

筆者の選ぶクソケータイ・オブ・ザ・イヤー2016

まずは今年の傾向と動向を振り返ってみることにしましょう。

■ありがとうさようなら、携帯?
多くの契約者がショックを受けたであろう動向はこれでしょう。最大手の株式会社NTTドコモがフィーチャーフォンの販売を一部機種を除き、2016年いっぱいで終了することになりました。これにより、iモード対応端末としての最終機種はP-01Hとなりました。今後も出荷販売が継続される端末はらくらくホン ベーシック4 F-01Gのみとなります。また、日本電気株式会社はN-01Gを売り切った地点でアフターサービスを除いた携帯電話端末事業から完全撤退するため、本当の意味でNのケータイ」の暖簾を下ろすことになります。

キャリアがスマートフォンの拡販に力を入れてきた2011年頃から、各社ともフィーチャーフォンの開発体制を緊縮しています。そのため、全部入り携帯はこの年を境に各キャリアから姿を消すこととなりました。その後のフィーチャーフォンは今までの積み重ねを基に、贅肉をそぎ落としながら実用に徹する方向へ向かっていきました。そのため、末期のフィーチャーフォンはスペック、機能ともに2009年に発売された端末とほぼ同等になっていました。

現在、フィーチャーフォン、所謂ガラケーを取り巻く環境は非常に厳しいものがあります。ソフトウェアは既に開発元がサポートを放棄しているし、Webコンテンツサービスの配信に関わるSHA-1問題が迫っているし、SoCなどデバイスも十分に枯れまくっていてディスコン化しており、保守在庫で賄っている状況です。

また、KDDI株式会社(au)にとっては成長を支えた一方でメーカー新規参入を阻む柵と化しているジレンマを抱えていたCDMA2000方式による3G網のサービス終了が急務となっていました。そのために、2014年秋冬モデルから常にLTEへつながるVoLTE回線の提供を開始、2015年春モデルを以てCDMA2000網の音声網への対応を打ち切る…という具合に他社との敷居を狭め、2015年夏モデルで遂にSIMロック解除に対応できるようになり、これでようやく他社と同じスタートラインに立てるようになりました。その過程で、auはフィーチャーフォンと同じ感覚で使える折りたたみ型スマートフォン、所謂ガラホを実用化していました。ガラホの先駆者、auは昨年発売のGRATINA2 KYY10を以てフィーチャーフォンの開発を終了しています。

ガラホ第1号だったAQUOS K SHF31は試作品というのがおこがましいほど高すぎる完成度を誇っており、VoLTEに対応していないこと以外は文句のつけようのないものでした。特に、ガラケーユーザーから熱望されていたしっかり撮れるカメラやおサイフケータイへの対応を第1号機の段階で実現していたことが歓迎されていました。また、ガラケーと同じ料金体系で利用可能なため、維持費の安さも魅力となっていました。

昨年はドコモやソフトバンク、Y!mobileもガラホを試験的に投入していましたが、ソフトバンクでは一部機種がUMTS専用だったことや頑としておサイフケータイに対応しないことが、ドコモでは同じくUMTS専用だったことに加え全体的に低スペックにとどまっていたことが不興を買っていました。但し、いずれも維持費の面ではauを見習ってガラケー同等のプランを設けたようです。

その反省から、特にドコモが重い腰を上げてガラホの開発をメーカーに命じ、対応が渇望されてきた高画素カメラやVoLTE、おサイフケータイを搭載した機種を発表します。らくらくホン F-02Jもガラホ化され、順当に時代に合わせた変化を遂げていきました。それでも大竹しのぶのまま不変のイメージキャラクターが、らくらくホンの哲学を示してくれています。

パナソニックはSIMフリー市場や法人市場においてAndroid端末の供給を継続していたことが幸いし、P-smartケータイ P-01Jにて実に3年ぶりとなるキャリア向けAndroid端末市場への復活を果たしました。NECはMEDIASの商業的失敗からAndroid端末の開発中止を発表したのですが、これによってNのケータイ復活の願いが潰えてしまったのがなんともやるせないものです。

今年に入ってからコンテンツ業者のガラケーからの引き揚げが加速しており、auでは2018年3月末でEZアプリの配信を終了を予定、一時代を築いた着うた(フル)もまた、その先駆者であるレコチョクが2016年12月15日を以てガラケー向けの配信を終了するなど、時代の変化を感じさせる動向が見られました。特にauは政策的にCDMA2000を廃止させたいとの意向が強く、キャリアぐるみでスマホやガラホへのシフトを進めています。

■MVNOユーザーとともに増えたものとは?
既にISP(インターネットサービスプロバイダー)とともに群雄割拠の時代になりつつある格安SIMことMVNO(仮想移動体通信事業者)。独立系MVNOはもちろん、存在基盤がISPだったり、コンテンツサービスだったり、ポータルサイトだったりと十人十色です。特に今年は、LINE株式会社がMVNOへ参入することが大きく話題になりました。

既に、契約数で全体の1割弱を占めるに至り、とにかく安くスマートフォンを使いたい方々から重宝されています。まだまだカード払いが主で、クレジットカードを組めないか持っていない人にとっては加入するうえで敷居がとても高いですが、近年はプリペイド型や口座振替での支払いを可能にするMVNOも増えており、徐々に現金派にとっての敷居が下がりつつあります。

MVNOの多くはNTTドコモの回線を使用しており、その点ではドコモ向けスマートフォンユーザーにおける敷居が低いといえます。一方、徐々に増えてきているのがau回線を使ったMVNOです。今まで、auのネットワークを用いたMVNOに参入するには前述したCDMA2000の問題もあり非常に敷居が高かったですが、VoLTE回線の導入やSIMロック解除義務化などでかつてと比べてだいぶ参入業者が増えてきました。一方で、ソフトバンク回線を使用して参入するMVNOがなかなか現れていないことに筆者は懸念を抱いています。

さて…MVNO契約数が増えるにつれ増えてきたものがあります。それは苦情。契約者からは主に通信品質の悪さを訴える声が挙がっていますが、業者によって対応はまちまち。紳士的な対応をしてくれるMVNOもある一方で、苦情への対応で炎上を招いてしまったMVNOもあるくらいです。また、MVNO使用時も実はキャリア表示は「NTT DOCOMO」、「KDDI(またはau)」と表示されるので、勘違いしてキャリアショップに駆け込みクレーマーと化してしまうとんでもない利用者まで相次いでいます。

さて、MVNOの中には後述するSIMフリー端末まで用意している業者も存在しており、既存キャリア同然のビジネスモデルを採用しています。その最たるはFREETELだったり、Rakuten Mobileだったりします。特に前者はかつてより独自企画端末を強みとしていますし、後者はHuaweiやASUSなどと組むことでSIMフリー市場をけん引する存在となっています。果たして、MVNOはどのような進化を遂げるのか、楽しみではあります。

■脱・格安 - 流転するSIMフリー市場
今まで格安スマホの謗りを受けていたSIMフリー端末ももはや、「格安」と呼ぶのがおこがましくなるほどになりました。今までこの市場は中国勢が圧倒していましたが、品質とサポート体制を武器に、徐々に日本勢が幅を利かせています。具体的にいえば、市場競争で生き残れたシャープ、富士通、京セラの3社でしょうか。パナソニックも一応、法人市場にてSIMフリー端末を販売していましたが、Let's noteやTOUGHBOOK、TOUGHPADの発売元らしく堅牢な設計に惹かれエンスーが所有していた程度にとどまっていましたがね…。

今までは安さが武器だったSIMフリー端末ですが、今ならキャリア向けでは到底納入を認められないような設計の端末や、キャリア市場の片手間で展開する、といった塩梅でしょう。キャリア向けで納入を認められない設計といえば、キャリア回線と現地で購入したプリペイドSIMの両方が使えるデュアルSIM端末や、キャリア基準を満たせないようなメーカー(MediaTekなど)のSoCで動作する機種などでしょう。一方、日本勢は実際にキャリア向けに納入した端末の姉妹機を展開している、という具合です。日本勢が苦境に陥った2013年頃から既に、シャープや富士通はこの手段でSIMフリースマートフォンを展開していました。

中でも異彩を放っているのがHuawei製端末。やたらとコストパフォーマンスが高いのです。実は、Huaweiはグループ企業としてSoC開発子会社、HiSiliconを擁しており、そこで開発されたKirinシリーズを主に搭載しています。その技術力や開発力を買われ、日本の大手キャリアからもモバイルルーターやタブレットの納入を要請されているぐらいです。歴史的経緯から、Y!mobileユーザーにとってはなじみ深いメーカーではないでしょうか。というわけで、今後は無難なハイエンド機が主になるキャリア端末と、個性派揃いのSIMフリー端末という具合に棲み分けが進みそうですね。

そのほかにも、実質0円がなくなったことによる買い控えの動きの加速、当局と販売店のいたちごっこが続いた悪質な販売潰しなど、今年は良くも悪くもモバイル業界の転換点となりそうな1年でした。特に、日本におけるAndroid陣営への待遇改善はうれしかったですね。2015年夏モデル以降の機種は一部を除き、ほとんどがMarshmallowことAndroid 6.0を経てNougatことAndroid 7.xへバージョンアップできる見込みになったからです。2年使うにはこうでなきゃならないですね。これまではバージョンアップなしか、あったとしても1度きりって事が多かったんですから…。

さて、ここで2016年に発売された機種をおさらいしてみたいと思います。主にキャリア向けに納入された端末が中心になります。

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2016年12月15日 (木)

La Gran Prueba - 試練の時、来たれり

いよいよ、日本最強のクラブの実力が試される時がやってきました。FIFAクラブワールドカップで開催国代表として出場した鹿島アントラーズが、なんと南米王者アトレティコ・ナシオナル(コロンビア)を3-0で下し、ファイナリストとなったのです。いつもなら前身のトヨタカップ同様に南米最強クラブ vs. ヨーロッパ最強クラブの対決になりうるところでしたが、まさかJリーグにこんなに強いクラブがいたとは…。アントラーズはとんでもない大番狂わせを演じてくれました。(もちろんいい意味で)

そうです。これがサッカーというものです。

今年、2016年はクラブワールドカップの前身で、同じく世界一のクラブを決めるインターコンチネンタルカップ(トヨタカップ)が日本で開催されるようになってから丁度35年の節目にあたります。元々、UEFA(ウエファ、欧州サッカー連盟)とCONMEBOL(コンメボル、南米サッカー連盟)、FIFAの共催で開催されていたのですが、会を重ねるごとにサポーターの暴徒化が過熱してしまい、大会そのものが中止された年もあったほどだったそうです。

これを憂えたFIFAはインターコンチネンタルカップの第三国開催を計画します。そこでちょうど開催国候補に挙がったのが、治安が良く警備体制もしっかり整った日本でした。それに名乗りを挙げたのが、日本テレビ放送網、電通、トヨタ自動車の3社でした。それ以前はホーム・アンド・アウェー方式で世界一を決めていましたが、日本開催が決まった際はスケジュールの都合から一騎討ちとなりました。

しかし、第1回大会はこれら3者間で独断で進められていたのか日本サッカー協会(JFA)から開催の承認がなかなか下りず、何とか関係各位を懐柔して開催にこぎつけた、とのエピソードが残っています。また、日テレにとってはこれが日本でサッカーを普及させるきっかけになれば、とも思っていたようです。当時から日テレは読売グループの中でも特にサッカーの啓蒙に熱心なメディアでした。

当時はまだメジャーと言えなかったサッカー選手権の中継と言うこともあり、幾度となく中止を求める声が上がっていたようですが、1985年にはかの「将軍」ことミシェル・プラティニ擁するユヴェントスFCが来日し、喝采を浴びたこともありました。

1987年のトヨタカップは世界のサッカー史上に残る名試合となりました。

FCポルトとCAペニャロールが大雪の中、国立で死闘を繰り広げ、審判の制止を振り切りながら延長戦までもつれこみ、結果としてFCポルトが世界一に輝きました。トヨタの社長もこの試合に大変感動したといわれ、一時は中止がささやかれていたこの大会も継続が決まったのです。少なくとも、日本がワールドカップに出場するまで、ないしは三浦知良がセリエA進出を果たすまで、事実上日本で世界トップクラスのクラブを目の当たりにする年に一度の機会でした。

そしてトヨタカップは新たなフェーズへと移行します。2002年の日韓共催によるFIFAワールドカップも成功裏に終わり、その活躍を買われた日本人選手が伝統ある海外クラブへ続々と移籍します。そうです、トヨタカップを見て世界のサッカークラブにあこがれた少年も数知れず。その夢も当時から既に現実と化していました。トヨタカップは2004年大会を以て終了し、翌年からFIFAクラブワールドカップとして開催されることになりました。トヨタ自動車は結局2014年大会を以てスポンサーから撤退してしまいますが、日テレは長年のトヨタカップの中継実績を買われ、引き続きホストブロードキャスターとして携わっています。この中継体制はFIFA主催の大会としては異例と言えるものです。

このクラブワールドカップに、2007年から開催国枠が設けられます。日本開催の場合、J1リーグ年間優勝クラブが出場権を得ることになります。その後は2年ごとに日本開催と他国開催を繰り返すことになりました。これで、J1優勝クラブには新たな目標および試練が課せられることになりました。そうです。

他国開催の時は出場権を得ること、
自国開催の時は悲願の決勝進出を果たすことです。


しかし、Jリーグクラブにとって他国開催でのクラブワールドカップ出場は容易ならざるものでした。常に中韓、中東勢に力及ばず、ACL(AFCチャンピオンズリーグ)で敗北を味わってしまっていました。また、開催国枠で出場できたとしても最高3位とどまりと、世界の壁を痛感することになってしまいました。

今年は年間勝点3位ながらも、川崎フロンターレ、浦和レッズと戦いチャンピオンシップで下剋上を果たし悲願の銀皿を手にした鹿島アントラーズがその戦いに臨むことになりました。筆者は淡い期待を寄せていました。アントラーズと言えばあのジーコも所属したクラブ。Jリーグで一番ブラジルサッカーを知り尽くしているクラブで、堅守速攻を武器にJリーグで最も成功を収めたクラブだから、と…。

我々の期待に応えるかのように、アントラーズは初戦でオセアニア王者のオークランド・シティFCを、準々決勝で南アフリカ王者のマメロディ・サンダウンズFCを下し、勝ちあがってきました。いよいよここからが難関。準決勝の相手は南米王者のアトレティコ・ナシオナル(コロンビア)でした。そうです、これを乗り越えれば成り行き次第では世界最高峰のクラブ、レアル・マドリードCFとの対戦が夢でなく現実と化すのです。

実はアトレティコ・ナシオナルは先日の航空事故により選手、首脳陣のほとんどが殉職してしまったシャペコエンセの代わりに南米王者として出場していました。すなわち、シャペコエンセの遺志を継いでファイナリストになろうと息巻いていたところでした。しかし…

荒々しいプレイを見せるA・ナシオナルをよそに、アントラーズは前半で思いがけぬ幸運に見舞われます。初めて導入されたビデオ判定によりPKが与えられます。これで先制点を獲得し、そのままA・ナシオナルの猛攻を抑えながら1点を死守し前半を終えました。筆者はこのPKだけでは棚ぼただからと、自力で追加点を得てリードを保てば…と思っていました。

その思いも、見事に叶えてくれました。もう1点だけでなく、更にもう1点。そうです。アントラーズは後半で大金星につながる2点を獲得したのです。一方のA・ナシオナルは先制点に怖気ついたのか決定力不足が目立つ結果となり、後半では明らかに精彩を欠いたプレイとなっていました。

そして試合終了のホイッスルが大阪のスタジアムに響いた瞬間…

鹿島アントラーズ 3-0 アトレティコ・ナシオナル

35年越しの悲願がかなうことになりました!

トヨタカップ時代は黙ってヨーロッパ王者と南米王者の決戦を傍観しているだけ、クラブワールドカップでもいくらでもそのチャンスに恵まれたのに南米もしくはヨーロッパ王者という防壁を崩せずにいましたが、とうとう、日本のクラブが南米王者の代わりとしてファイナリストへ勝ち上がることができたのです! まさか、日本にもこんなに強いクラブがあったとは…本当に、本当に大きな意味を持つ一戦でした。なぜなら、クラブワールドカップは世界中へ中継放送されているため、多くの視聴者から「なんで? なんで日本にこんなに強いクラブがあるの?!」と驚嘆されたのではないでしょうか。

いよいよ、2016年12月15日に鹿島アントラーズの対戦相手が決まります。今度は北中米代表にして10万人規模の収容人数を誇る世界最大級のサッカースタジアム、エスタディオ・アステカがホームのメキシコを代表するサッカークラブ、クラブ・アメリカと、もはや説明不要のLa Ligaきっての無双軍団、レアル・マドリードCFです。新・銀河系軍団、とりわけクリスティアーノ・ロナウドに注目が集まりますが、レアルの監督もやはり、ジダネスとパボネスと呼ばれた銀河系軍団の一員だったジネディーヌ・ジダン。前任の監督が解任されたことにより、カンテーラ(下部組織)の監督から昇格する形で千載一遇のチャンスを得ています。

決勝戦はアントラーズにとって厳しい試練になること請け合いです。一方、レアルが準決勝や決勝で見せてくれるラ・マヒア[La Magia]とは何か。乞うご期待。

返す返す、トヨタがこの大会のスポンサーから撤退したのが惜しまれますな…。この準決勝はもちろん、決勝戦も胸を打つこと請け合いなのにねえ…。

2016年12月 1日 (木)

神ってない流行語大賞2016

いよいよ師走。毎年恒例の新語・流行語大賞が発表されました。今年の大賞は長らくセントラル・リーグ優勝から遠のいていた広島東洋カープの緒方孝市監督、鈴木誠也内野手の「神ってる」でした。しかし、この賞は年を経るごとに徐々に世間への浸透度の低い用語ばかりがノミネートされるようになっていったんですよね…。

今年のベスト10及び特別賞はご覧の通りです。筆者は特に、特別賞のほうが大賞にふさわしかったのではと思います。

■ベスト10

聖地巡礼(ディップ株式会社): 聖地巡礼マップ運営元が受賞。
トランプ旋風(受賞者なし)
ゲス不倫(週刊文春編集部): 鬼女(※)の恐るべき情報収集能力もこの件で判明した。
マイナス金利(日本銀行): 既にEU、ヨーロッパ諸国の中央銀行でも導入されていた。
盛り土(受賞者辞退):
保育園落ちた 日本死ね(山尾志桜里): これをblogに書いた本人が受賞すべきだった…。
Pokémon Go(株式会社ポケモン/株式会社ナイアンティック): IP保持業者とアプリ開発業者の双方が受賞。
(僕の)アモーレ(長友佑都): 平愛梨との交際を認めた際の会見での台詞。
PPAP(ピコ太郎): 芸能界では彼の正体が判る方も多いとか。

■特別賞

復興城主(熊本市): 一口城主の震災復興版。

(※)既婚女性のこと。家事の序で2ちゃんねらーをやっている主婦も多く、ネットやリアル社会で炎上が起こるたびにその当事者の個人情報を仕入れ、晒し出すという荒業をやってのけている。まるでFBIやCIA、KGB、シュタージのようだ…。

この中で、世間に浸透したといえるのはPPAPPokémon Goぐらいだと思います。例として聖地巡礼はずっと前から様々なジャンルのファンの間で行われていたことであり、決して映画「君の名は。」の大ヒットで巻き起こった現象とはいえないからです。

PPAP古坂大魔王プロデュースのピコ太郎によるネタで、最後に「ペンパイナッポーアッポーペン[Pen Pineapple Apple Pen]」で〆る1分強の動画でした。これがYouTubeへアップロードされるや否や、世界中で大反響を呼び再生数が爆発的に伸びていきました。PSYの「江南スタイル」と同じく、非英語圏から配信された動画発祥のブームとなりました。世界の名だたる大物ミュージシャンもハマってしまったこともブームの一因になっています。11月29日にスティング本人の希望で日テレの音楽番組で共演を果たしたことからもそれがうかがい知れます。現在はロングバージョンもYouTubeなどへアップロードされているので、興味のある方はぜひご覧ください。

Pokémon Goは筆者もTL上でそのブームを見つめてきました。これを応用した町おこし、レアポケモン目当てでとある地点にプレイヤーが集中する、これが原因の事故や事件が発生するなど、良くも悪くも社会現象になりました。SIMフリー端末業界でも「Pokémon Go対応」を謳う機種を発売するなど、その影響は計り知れないものがありました。但し、システムの都合上、やはりすれちがい通信などで社会現象になった「ドラゴンクエストIX 星空の守り人」と同じ問題点を抱えています。つまり、都市圏優遇、地方冷遇ですね…。というのも、全国のマクドナルド各店がチャージステーションとして機能しているからです。

そして…忘れられないのが2016年熊本地震。筆者は1983年に起こった日本海中部地震について伝え聞いたり、2011年に起こった東日本大震災に被災した事を記憶にとどめているため、非常に心が痛みました。双方とも被災した方々が映像や写真としてその爪痕が鮮明に残されており、前者は当時普及し始めたばかりの家庭用ビデオカメラ、後者は当時普及したばかりのスマートフォンによって一部始終が記録されていました。

東日本大震災は復興に尽力した人がいた一方で、福島第一原子力発電所の臨界事故が起こった影響で難癖付けながら復興を妨害する人も多かったため、国民の結束がバラバラに乱れたばかりでなく復興が遅れてしまったのが惜しまれる人災でもありました。筆者は熊本地震が起こった際、このような轍を歩むのではないかと心配していたこともありましたがそれは杞憂に終わりました。今も少しずつ復興が進んでいると度々報道されるごとに安心していったのです。

但し、熊本地震は熊本市のランドマーク、熊本城の半壊を招いてしまいました。被災前は荘厳たる威容を保っていましたが、半壊により瓦屋根が散らばり、石垣も崩れてしまい、かつての姿も無残なまでになってしまいました。再建まで相当の歳月と費用を要するということが判明しました。

しかし、熊本城は独自の保存事業で知られていました。これは、1口1万円で城主になれる、一口城主です。震災により崩壊した城郭を修復すべく、いったん一口城主の申し込みを中止しましたが、2016年11月1日より復興城主と形を変えて申し込みを再開しました。その結果、半月を待たずして関係者が「想像以上」と感謝の意を表明するほどの2億円弱もの寄付が集まりました。復興城主になった者の中は熊本に地縁がある者、観光客、城郭ファン、そして海外からの観光客など十人十色でした。

さて、ここからは筆者の今年の流行語について言及しようと思います。

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