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2013年12月

2013年12月31日 (火)

Domain, Année 2014...

激動の2013年も残すところあと数時間。第2次安倍晋三内閣も、1年以内で総理大臣が交替することが多かったことを考慮すれば実に安定した政治運営でした。年末の靖国神社参拝がその後の国際関係に影響を及ぼさないことを祈るばかりです。組閣から1年たっても支持率が50%前後を維持できているのは奇跡です。国民の求心力を失うことなく、うまく舵取りができたことは良かったです。

石原都政以来の悲願となる夏季オリンピックの東京招致も成功を収めました。日本時間2013年9月8日にIOC(CIO、国際オリンピック委員会)総会にて行われた最終プレゼンテーションでは安倍晋三内閣総理大臣自身がオリンピックへの強い熱意をアピールしたほか、滝川クリステル氏によるフランス語のスピーチで日本人にはおもてなし精神が根付いている旨を「O, Mo, Té、Na, Shi - Omoténashi!」として表現したことは多くの会場の人々の心を打ったものです。これにより前東京都知事の猪瀬直樹氏の名声は絶頂に達していましたが、残念ながら徳洲会問題により失脚してしまいました。

世界的にみれば、時代を彩った数々の政治家が亡くなったことは残念でした。特に、南アフリカで行われてきたアパルトヘイト撤廃に尽力したネルソン・マンデラ元大統領が亡くなったことは大きな損失でした。95歳の大往生でした。世界中の首脳や要人たちが揃って葬儀に参列したほどでしたので、いかに国際的に愛されていたかが伺えました。アパルトヘイトの撤廃に、マンデラ氏の前任だったフレデリック・デクラーク氏も尽力していたことも忘れてはなりません。今まで罪人だったマンデラ氏を恩赦し、政界進出のチャンスを与えたのはまさしくデクラーク氏だったのです。

また、「鉄の女」の異名で知られたイギリスのマーガレット・サッチャー元首相。いくら鉄の女と呼ばれていたとはいえ、病にはかなうことができず87歳で亡くなりました。イギリス病と陥った不況を建て直すためにBT(ブリティッシュ・テレコム)を日本電信電話公社(電電公社)に先立って民営化させるなどの公共企業体の民営化を主導し、その政策は中曽根康弘氏にも大きく影響を与えたものです。その鉄の女の異名は共産圏に対する強硬な姿勢から当時のソビエト社会主義共和国連邦(ソ連)の機関紙が付けた異名でしたが、その鉄の女ぶりは非共産圏に対しても健在でした。それを象徴するのが1982年のフォークランド紛争であり、自国の領土を守るために多くの犠牲を払いながら勝利を収めたイギリスからは領土問題を抱える日本が教訓にすべきことが数多くあります。

今年はとりわけ、日中・日韓関係の冷え込みが憂慮された1年でもありました。大韓民国ではパク・クネ(朴槿恵)政権が、中華人民共和国ではシー・ジンピン(習近平)政権が発足し、両国とも第二次世界大戦後に生まれた首脳による政権になりました。しかし、未だに両国と日本の首脳同士による会談の場を設けることができておらず、反日政策どころか日中・日韓関係そのものに関心がない無日政策ではないか、と思われるほどの冷え込みぶりでした。火に油を注ぐがごとく、両国で領土問題や戦後補償問題に対し急進的な運動が行われたのも心配です。来年こそは安倍内閣が続く限り関係改善に尽力するか、極端なところ改善の兆しがなければ中国や韓国との国交断絶まで日本が検討すべきではないかと思います。そうならないように、両国の歩み寄りを期待しましょう。

その中国ではまさに50年ほど前の日本でも環境問題になったPM2.5が深刻な問題になりました。そのPM2.5が貿易風により日本でも観測されるなど、国民の間に大きな不安を与えていました。PM2.5による健康被害問題が日本で盛んに議論された1年でもありました。

残りわずかな時間で2014年になろうとしています。スポーツをめぐっては何かと熱い話題が待ち構えています。

ロシアのソチで冬季オリンピックが開催されることになっています。日本でもようやく若手や注目株が育ってきましたし、なにしろ浅田真央キム・ヨナの各選手はこれを最後に現役引退することにしているので集大成の演技を見せられるかが期待されています。今回から正式競技となったスキージャンプ女子では高梨沙羅が注目されています。健闘を祈りましょう。

2016年のリオデジャネイロオリンピックを前に、ブラジルでもワールドカップが開催されます。ザック・ジャパンは監督もメンバーも、世界トップクラスのサッカーリーグが集うヨーロッパのサッカーに触れてきた面々ばかりです。今まで、2002年の日韓ワールドカップと2010年の南アフリカワールドカップで決勝トーナメント進出を果たしたのが最高成績でしたが、果たしてそれを超えられるでしょうか。

長友佑都
が所属しているインテルナツィオナーレ・ミラノのライバル、ACミラン本田圭佑が移籍してきます。2人の「」はいったいどんなデルビ・ディ・ミラノを見せていくか、そして世界最高峰のサッカーリーグと呼ばれているリーガ・エスパニョーラの強豪、FCバルセロナレアル・マドリードへ移籍する日本人が現れるのでしょうか。これも期待したいです。

果たして、日本人アスリートの活躍に応じるように日本が明るい2014年を迎えることができるか、期待しながらこの記事を終えたいと思います。このblogを読んでくださっているみなさん、本当にありがとうございました。来年も変わらぬご愛顧をよろしくお願いします。

みなさん、良いお年を!

(31, Décembre, Année 2013, shiotama)

筆者の選ぶケータイ・オブ・ザ・イヤー2013 (番外編)

さて、筆者の選ぶケータイ・オブ・ザ・イヤー2013も佳境を迎えました。趣向を変えて印象に残った端末たちを紹介したいと思います。

■NEC MEDIAS W N-05E (NECカシオ モバイルコミュニケーションズ株式会社)
―撤退目前、一か八かの賭けに出た個性派

N05e

とうとう、スマートフォン市場からリタイアを表明してしまったかつての携帯電話の雄、NEC。しかし、その前に2つ折りの意欲的な端末を出していました。それがMEDIAS W N-05Eでした。ある意味「折りたたみのN」やMEDIASを象徴する機種でした。

まず、この機種は折りたたむと外側が液晶画面になるよう設計されています。「逆でしょ?」という方もいるかと思います。しかし、これは閉じたときにスマートフォンとして、開いたときはタブレットとして使えるようにした設計でした。本体はほっそりとしたデザインで重量級にならないよう配慮されていました。これにはMEDIASが本来得意としていた、薄型ハイスペック志向が影響しています。

N05e2

開いた状態ではこのように、960×540pixelsの画面が2つつながった、960×1,080pixelsのタブレット状の画面になります。Androidはマルチタスクに対応しているので、この状態にすると非常に自由度が高くなっていました。具体的には…

・ネットを見ながらメールを打つ
・カメラが内側に来るので自分撮りできる
・横にしてフルキーボードで快適に文字入力

…などなど。この折りたたみ画面は意外なところでも役に立ちました。なんと、本体そのものをスマホスタンドに見立てて少し開いて机に置くことで、YouTubeやdビデオなど動画を手で持たずに楽しめるようになっていました。

スペックも過不足なく、Android 4.1に対応、チップセットはMSM8960(デュアルコア1.5GHz)、1GBのRAM、16GBのROM、バッテリー容量は2,100mAhと実用上問題ありませんでした。日本独自機能や防水への対応はほとんど対応していませんでしたが、そのストイックさに惹かれていった人も少なからずいました。

N05e3

この機種は2013年に「ドイツのグッドデザイン賞」と呼ばれるレッドドットデザイン賞のプロダクトデザイン部門賞を受賞しました。それだけに、NECのスマートフォン撤退で後継機への望みが潰えてしまったのが残念です…。

なお、スマートフォン撤退後のNECカシオは大幅に企業規模を縮小しながら経営再編を進め、NECの完全子会社になりました。来年は大幅に減資される予定です。噂によれば、その後はNEC本体やNECグループへ転属になったり、残ってアフターサービスに専念したり、海外の某社に引き抜かれたりした社員がいたそうです。Androidタブレット事業は継続するとのことでしたが、未だに連想集団の中華パッドみたいなもののバッジエンジニアリング品しか出していません。自社開発の次期MEDIAS Tabが出ることを祈りたいと思います。

■KYOCERA DIGNO R SoftBank 202K (京セラ株式会社)
―小さなボディに秘めた大きなポテンシャル

Sbm202k

今年は大型の端末が勢ぞろいした中で、100gを切る軽さが話題になったのがこのDIGNO R SoftBank 202Kでした。京セラはウィルコムとの縁もあってソフトバンクに2011年から参入しており、その中でHONEY BEEシリーズなど個性的なスマートフォンを出してきましたが、これがソフトバンク初となるDIGNOシリーズでした。AXGP方式の高速通信、SoftBank 4Gに対応しています。この軽量化は様々なブレイクスルーが結実した結果でした。

Sbm202k2

部品の配置や狭小ベゼル化、そしてスマートソニックレシーバーの搭載、バッテリーの筺体との一体成型…などで、94gもの軽さを実現。昨年発売していたXperia SX SO-05D95gをさらに1g下回りました。性能面でも十分実用的で、4.3型のHD液晶、1.5GHzのデュアルコアチップMSM8960、RAM1.5GB(約1,536MB)、ROM16GB、そしてMSM8960搭載機種では珍しくAndroid 4.2に対応していました。その一方、ワンセグはヘッドホン接続で視聴可能になる、外部メモリーは外付けのメモリーカードアダプターが必要など、小型化のために犠牲にされた点もありました。しかしながら当時の上位機種に負けず劣らないパフォーマンスを実現していました。

■SONY Xperia Z1f SO-02F (ソニーモバイルコミュニケーションズ株式会社)
■SHARP AQUOS PHONE si SH-07E (シャープ株式会社)
―より小さく、よりハイスペックに。

フラッグシップ機からパフォーマンスを落とすことなく小型化を実現してしまった快作といえる機種たちです。やはり今年もソニーモバイルとシャープから発売されていました。

So02f

[写真はSO-02F]
まず、ソニーモバイルのXperia Z1f SO-02Fは2014年に新年早々、Xperia Z1 Compactとして海外で発売される端末の日本版です。つまり、日本で発売されたこのXperia Z1fがXperia Z1 Compactの世界デビュー機となります。筆者がケータイ・オブ・ザ・イヤー2013大賞に選出したXperia A SO-04Eも同じで、Xperia ZRに先行して2013年5月17日に日本で世界デビューを果たしていました。何をトチったのかドコモがXperia Z1 SO-01Fを差し置いておすすめ機種に間違えてチョイスしてしまいましたが、Xperia Z1に負けない高性能ぶりです。

Xperia Z1と比べて赤外線通信やフルセグ、ROMが16GBに、バッテリーが2,300mAhと減量、4.3型HD液晶など大きさゆえのスペックダウンはありましたがZ1譲りのハイスペックは健在です。チップセットはクアルコム初のLTEモデム統合型クアッドコアチップSnapdragon 800 MSM8974(2.2GHz)ですし、カメラも1/2.3型20メガピクセル裏面照射型CMOSセンサーとF2.0の明るいレンズ、画像エンジンBIONZを搭載しています。ユニークなところでは有効にした後にいったんスリープ状態にし、ロック解除を行うことでタッチパネルの感度を変えて手袋をはめた状態でも楽に操作できる手袋モードを採用していました。

Sh07e

[写真はSH-07E]
一方、AQUOS PHONE si SH-07EAQUOS PHONE ZETA SH-06Eの姉妹機種ですが、スペックを落とすことなく小型化を実現していました。超狭小ベゼルを採用することで4.3型HD液晶を採用しながらこの小ささを実現しました。SH-06Eと同じくクアッドコアチップ、Snapdragon 600 APQ8064T(1.7GHz)を採用しています。性能的にもSH-06E譲りの良好なパフォーマンスを誇っており、SH-06Eと異なり電池パック(容量は2,100mAh)をユーザーが着脱できる点も評価に値するものでした。なお、IGZO液晶ではありませんがS-CG Sillicon液晶を搭載しており、液晶側にも電池持ちを良くする工夫がなされていました。

■SHARP AQUOS PHONE es WX04SH (シャープ株式会社)
―LTE全盛期でも3GもPHSも捨てたもんじゃない

Wx04sh

LTE全盛期の中、突如誕生した3G+PHSデュアル端末。本体そのものはAQUOS PHONE ss SoftBank 205SHの兄弟機で、チップセットがMSM8960からMSM8260Aへ、対応ネットワークがUMTSとAXGPからUMTSとPHSに置き換わったこと以外はほとんど同じでした。ウィルコムではPHSデュアル端末として、その他にもAXGPに対応したDIGNO DUAL 2 WX10Kを発売していました。スペック的には205SHよりも若干落ちていますが、基本性能はほぼ変わりありません。

Wx04sh2

この機種もAndroidスマートフォンでおなじみのテザリングに対応していますが、この機種は珍しく、なんとPHSのデータ通信で行うようになっています。つまり、普段はスマートフォンとしてソフトバンクのUMTSネットワークにつなぎ、テザリングを行う際はウィルコムのPHSで、ということです。なお、PHSデータ通信の特徴として、帯域制限の影響を受けないというものがありました。前述のWX10KではPHSはあくまでも通話専用で、テザリングをAXGP/UMTSで行っていたのと対照的でした。普段使うにも、携帯とPHSのどちらをメインにするかを選べるようになっていました。

2013年12月29日 (日)

筆者の選ぶケータイメーカー・オブ・ザ・イヤー2013

いよいよ、筆者の選ぶケータイ・オブ・ザ・イヤー2013のメーカー部門を発表したいと思います。ここまでを振り返ってみますと、

・大賞: SONY Xperia A SO-04E / Xperia UL SOL22
・特別賞: LG Google Nexus 5 / EM01L
・タブレット部門大賞: ASUSTeK Google Nexus 7 (2013)
・クソケータイ・オブ・ザ・イヤー2013: FUJITSU ARROWS X F-02E
・クソタブレット・オブ・ザ・イヤー2013: YAMADA EveryPad


でした。さて、今年はどのメーカーが大賞に輝くことになるでしょうか?

[選評]
■大賞: ソニーモバイルコミュニケーションズ株式会社
―ソニーグループの総合力をスマートフォンに凝縮


今年も大賞に輝いたのはソニーモバイルコミュニケーションズ株式会社。世界中に開発機能を残しつつも、本社機能を日本に移した最初の1年となりました。これで名実ともに日本メーカーになったとみなす方々はいますが、筆者はまだまだ開発機能が海外に分散されて残されていることを考慮してあくまでも未だグローバルメーカーであるとの見解を崩していません。

コードネーム的にいえば昨年は新幹線の乗り換えでしたが、今年は一部を除き温泉巡りでした。以下に、コードネームの由来になった温泉とともに2013年に発表した端末を発表します。岡山から長々と湯けむりを求めてたどり着いたのは大阪でした。

・由加温泉(岡山県): Xperia Z SO-02E
・道後温泉(愛媛県): Xperia ZR/Xperia A SO-04E
・峩々温泉(宮城県): Xperia UL SOL22
・穂波温泉(長野県): Xperia Z1 SO-01F/SOL23
・天見温泉(大阪府): Xperia Z1S / Xperia Z1f SO-02F

Xperia Tablet Z / SO-03EのコードネームはPollux、Xperia ULのベース端末Xperia ZLのコードネームはOdinであった。

昨年はXperia VがベースになったXperia AX SO-01E / Xperia VL SOL21の発売までLTE統合型チップMSM8960の確保が難しく、Xperia GX SO-04Dの販売が安定した頃には既に型落ちし、Xperia SX SO-05Dはその小ささから大人気機種だったためにすぐに販売終了する憂き目にあっていました。その反省から、今年発売の機種に関してはまず、モデムチップを外付けにすることで比較的調達のしやすいクアッドコアチップ、APQ8064を採用する方針になりました。

こうしてまず発売されたXperia Z新生ソニーモバイルのアピールにはふさわしい端末でした。日本版のSO-02Eも60万台以上を売り上げる大ヒットになりましたが、グラスファイバー樹脂製のシャーシに回路を装着し、両面ガラスを貼り付ける筺体設計の関係上、外装交換ができなかったことが不幸でした。そのために外装交換は本体交換扱いになり、売れすぎていたこともありリフレッシュ品不足を起こしてしまうほどでした。このXperia Zが後のシリーズのアイデンティティの礎となりました。

その次に発表したXperia A SO-04Eは見事にドコモのツートップに選ばれ、発売から1ヶ月もしないうちにハーフミリオンを、3ヶ月もしないうちにミリオンセラーを突破したAndroid界隈ではかつてないベストセラー機種になりました。その要因として

・多くのメーカーが大型化に走るなかでちょうどよいサイズにしたこと
・それでいてクアッドコア、100M通信対応など破綻ないスペックにしたこと
・カメラ、映像、音楽など、ソニーが得意なエンターテインメントに関する機能が強力
・ドコモによる長期利用者優遇による大幅値下げ

などが挙げられます。Xperia Aの陰に隠れた感もありましたが、Xperia UL SOL22もXperia Zの兄弟機種として一定の成果を収めていました。Xperia ULは今年の機種では貴重になったバッテリー取り外し可能な5.0型フルハイビジョン液晶搭載のスマートフォンで、パフォーマンスもXperia Z譲りといえる良好なものでした。

・3ヶ月でミリオンセラーを超えた
初音ミクとのコラボモデルが発売された
・発売前からAndroid 4.2へのバージョンアップを示唆し、
公約通り2013年9月3日に実施開始という、キャリア発売のAndroid端末としては異例のバージョンアップ対応

凄まじいエピソードを残して話題になったXperia Aの勢いに乗りながら、Xperia Zの後継機、Xperia Z1 SO-01F / SOL23Xperia Z1f SO-02Fも発売されました。これらはXperia Zからさらに進化してアンテナを兼ねた削りだしアルミシャーシを採用。最先端のLTEモデム統合型チップ、Snapdragon 800 MSM8974と1/2.3型20メガピクセルCMOSセンサーを搭載した凄まじいスペックの機種でした。もちろん、Xperia人気は健在で、ドコモとauでは「iPhone以外にはXperiaしか売れてない」といわれるほどの好調な売れ行きを見せていました。

2014年に入り、穂波温泉と同じく長野県にある戸狩温泉がコードネームの由来のXperia Z Ultraが、そしてSiriusのコードネームで発表が予定されている次期Xperia Zシリーズの発売が控えています。今年後半に入りようやく周回遅れを脱したソニーモバイルが日本市場でどれだけ存在感を維持できるかに期待したいところです。

[次点]
■日本賞: 富士通株式会社 / 富士通モバイルコミュニケーションズ株式会社
―過去の失敗から得たことはとても大きかった


発売機種
・ARROWS X F-02E
・ARROWS NX F-06E
・Disney Mobile on docomo F-07E
・らくらくスマートフォン2 F-08E
・らくらくスマートフォン プレミアム F-09E
・ARROWS NX F-01F
・ARROWS Tab F-02F
・Disney Mobile on docomo F-03F
・ARROWS Z FJL22
・ARROWS Tab FJT21
・ARROWS A SoftBank 201F / ARROWS S EM01F
・ARROWS A SoftBank 202F
・ARROWS A SoftBank 301F


今までミドルレンジ機種でしか採用していなかったSnapdragonをフラッグシップ機でも採用することになった新生ARROWS。日本の技術で開発されたLTEモデムチップを採用する方針から一転、現実路線に転じたことで可能になった。また、製品開発にあたり消費者の声に真摯に耳を傾けてきたその姿勢も評価すべきだろう。

商業的に成功したかはともかく、ドコモでもARROWSは過去の悪評を覆すほどの高すぎる完成度で「最初からこの出来だったら…」という声もあったほど。ARROWS Z FJL22に採用されたLTEとWi-Fiの同時通信機能はISW13Fで実現したWiMAXと3Gの同時通信が形を変えて応用されたものだった。

続いては、クソケータイメーカー・オブ・ザ・イヤー2013です。

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2013年12月27日 (金)

筆者の選ぶクソケータイ・オブ・ザ・イヤー2013

きょうは仕事納め。来年のマクロ経済のバロメーターといわれる東京証券取引所の大納会では16,000円を超す高値で大引けしました。20年以上もミクロ経済や地域経済は不況続きなので、マクロ経済の景気復活が反映されるといいですね。

Iphone_5sn

 

さて、本家大元のインプレスのケータイ・オブ・ザ・イヤー2013に選出された機種はiPhone 5sでした。Xperia Z1も健闘していましたが惜しくも次点。SO-01FとSOL23を併せた票数でも遠く及びませんでした。なお、筆者が特別賞に選出したNexus 5は次点で4位に輝きました。iPhone 5sもNexus 5もSIMフリーモデルが用意されているため、今後は携帯電話の販売方法に革命が起こるだろうと観測されています。

今年はIS04やN-07Dのような明らかに赤点レベルの機種はなくなりましたが、イマイチな機種がわずかながら存在していました。今年、最もイマイチだった機種を筆者の選ぶクソケータイ・オブ・ザ・イヤー2013として選出したいと思います。

※以下の選評はあくまでも筆者の主観に基づくものなので、必ずしもすべての人がそう思っているとは限りません。頭をひねって快適に使っている方もおりますので、鵜呑みにしないでさらっと流す程度にしてください。

[選評]
■大賞: FUJITSU ARROWS X F-02E (富士通株式会社)
―ARROWS Vの健闘ぶりはいずこへ…

F02e


残念ながら、今年のクソケータイ・オブ・ザ・イヤー2013大賞に選出されてしまったのがこのARROWS X F-02Eでした。2012年に飛び番となっていたことで様々な憶測を呼びましたが、今年の新学期商戦に投入されたことでその全容が明らかになりました。富士通初のAndroid 4.1対応機種で、5.0型フルハイビジョン液晶、クアッドコアチップのNVIDIA Tegra 3+(1.7GHz)、今までUMTSとLTEで別々にされていたモデムチップが統合されたCOSMOSチップをスマートフォンとして初搭載したことなどが話題になりましたが…。

富士通は日本で初めてクアッドコアのAndroidスマートフォン、ARROWS X F-10DARROWS Z ISW13F(CDMA FJI13)を発売していました。これらは世界初のCortex-A9クアッドコアチップ、Tegra 3を日本で初めて搭載していました。しかし、使い方によっては熱暴走を起こして数多くの不具合を生じさせるとんでもないじゃじゃ馬でした。バッテリーの持ちもいいとは言えず、まさにアメ車やスーパーカーのような燃費の悪さでした。

しかし、ARROWS V F-04Eではある程度Tegra 3の調教に成功し、まだまだ調整不足な点はあるものの見違えるほど完成度を高めていました。F-10Dの反省から熱対策やチューニングを入念に行った結果で、生産台数の少なさから新学期商戦でほぼ在庫がなくなっていきました。これがARROWS再起のきっかけと思われましたが…。

悪夢は繰り返されました。

とにかく熱くなります。筆者も展示品で温度警告が表示されて充電を停止しているものを見かけたことがあるので、思わず目を疑ってしまいました。さすがにTegra 3+搭載ということもあり画面はヌルヌルと動きましたが、所詮はAPQ8064と比べるとCPUコアは周回遅れのTegra 3。どうも、画面の動きにCPUの処理がうまく追従できていないような印象でした。なんというか、改善すべき点を放棄したまま、現場の専断で開発が横行されていったような印象でした。

それ以外もガタガタで、発売直前に黒が回収の憂き目に遭うなど品質管理も杜撰でした。鳴り物入りで搭載されたCOSMOSチップもLTEとUMTSモデムを統合した弊害でLTEロストがひどく、まともに通信ができない個体もあったようでした。あの天才プログラマーと呼ばれた木屋善夫氏もこの機種を購入するや否や、優れた点を認めつつもやたらと酷評していました。なんと彼、その前には昨年の大賞になったMEDIAS X N-07DがベースになったBIGLOBEのほぼスマホ、NE-202を使っていたそうです。

結局、その悪評からF-02Eはクアルコムに頼らない開発方針をとっていたドコモのフラッグシップモデルARROWS Xの最終モデルとなり、世間の趨勢に迎合するかのようにSnapdragonをチップセット、Gobiをモデムに採用する現実路線へと転換しました。こうして開発されたのがARROWS NX F-06Eで、カメラのこんにゃく現象がひどいこと以外は不具合らしい不具合が見られなかったことから「不具合がないことが不具合」と皮肉られるほどの素晴らしい端末になりました。しかし、その評判とは裏腹に過去の機種の悪評から商業的には成功することができませんでした。

F-06Eの開発にあたってはスマートフォンユーザーから様々な意見を伺っていたとのことだったので、富士通はよほどARROWS Xの各機種(F-05D/F-10D/F-02E)の悪評に懲りていたのでしょう。そういった意味では、F-02Eは富士通の開発方針を転換させるいいきっかけになったと思います。

[次点]
■バッドサポート賞: SONY Xperia Z SO-02E (ソニーモバイルコミュニケーションズ株式会社)
―市場の読み違いが巻き起こした悲劇

So02e

新生Xperiaを飾るにふさわしい器だった…のだが、まさかのドコモの市場の読み違いで70万台もの予想外の売れ行きを見せてしまったためリフレッシュ品不足問題を引き起こしてしまった、アフターサービス面で問題を抱えた機種。筺体の構造上、外装交換ができないことが原因。Xperia初のクアッドコア機だからなのか全体的に粗が目立つ。ケータイ補償で別機種に交換させられたのが気に食わずドコモを解約した契約者もいたほど。この機種のユーザー(特に紫)は水没、全損したからといって絶対にケータイ補償を使わないように!
いくら高額になろうとも実費で修理してもらいましょう。

■ピンキリ賞: HTC J one HTL22 (HTC Corporation)
―当たりを引いたら天国、ハズレを引いたら地獄

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HTCのフラッグシップ機、HTC oneシリーズがベース。高級感あるメタルボディと4.7型のフルハイビジョン液晶、画素あたりの受光面積を高めた4メガピクセルカメラが特徴。海外モデルにはなかったmicroSDカードスロットの搭載などが日本向けモデルでの変更点。

HTCのお家騒動に巻き込まれるかのように品質管理が杜撰すぎて、当たりを引いたユーザーはとことん快適に使えたのだが、ハズレを掴まされてしまったユーザーは通話不良紫カメラにとことん悩まされることになってしまった。

■情弱賞: iPhone 5c (Apple Inc.)
―コレジャナイiPhone

Iphone_5ca

先進国での売れ行きは好調ながら、新興国や発展途上国での売れ行きが不調だったiPhoneの切り札として誕生した機種。実態としてはガワを取り換えたiPhone 5そのもので、とりわけau版はプラチナバンドLTEへの対応でより快適な通信環境を実現した。しかし、iPhoneを欲しがる世界中の消費者からは満場一致で「高級感がない」、「こんなのiPhoneらしくない」と酷評の嵐だった。今でも売れているのは日本ぐらい。新興国でも売れることを狙って開発したらご覧の有り様だよ!

続きましては、クソタブレット・オブ・ザ・イヤー2013を発表したいと思います。

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2013年12月26日 (木)

筆者の選ぶケータイ・オブ・ザ・イヤー2013

お待たせいたしました。いよいよ、筆者の選ぶケータイ・オブ・ザ・イヤー2013を発表いたします。今年はいったいどの機種が選ばれるでしょうか? 本家大元に先んじて発表したいと思います!

■大賞: SONY Xperia A SO-04E (ソニーモバイルコミュニケーションズ株式会社)
―持ちやすく、使いやすく、楽しいオールラウンダー

So04e

栄えある筆者の選ぶケータイ・オブ・ザ・イヤー2013大賞に輝いた機種は…
Xperia A SO-04Eでした! おめでとうございます!

海外で発売されたXperia ZRの日本版でしたが発売は日本版のほうが先行しており、5月17日になりました。Xperia ZRからは主に機能とメモリー容量の面で大幅な強化が施されており、ROM容量は8GBから32GBへ、日本向け機能にも一通り対応と死角はありません。

しかしながら同時期の機種と比べてスペック面ではどうしても見劣りしてしまうものがありました。多くの機種がフルハイビジョンの5.0型前後の液晶ディスプレイを搭載してきた中でXperia Aでは4.6型のHD液晶を搭載。また、チップセットもSnapdragon 600(APQ8064T、1.7~1.9GHz)搭載機種が多かった中で周回遅れのAPQ8064(1.5GHz)搭載、防水加工はキャップ式、などなどです。しかしこのような妥協により持ちやすいサイズにまとまっており、珍しく電池パックも取り外し可能になっていました。破綻の少ないスペックや完成度の高い端末設計により、非常に良好なパフォーマンスも実現していました。

Xperiaが日本で築いてきたブランド力は確固たるものでした。今まで各機種ハーフミリオン越えがやっとだったXperiaシリーズですが、Xperia Aはシリーズ始まって以来となる歴史的な売れ行きを見せました。発売から1ヶ月でいきなり50万台を、2ヶ月半で約120万台を超える大ヒットとなり、Android端末としては記録的なセールスのミリオンセラー端末になりました。恐らく、今後はXperia Aを上回るヒットを記録する機種が出ることは難しいでしょう。

発売当時に公約されていた通り、2013年9月3日に早くもAndroid 4.2へバージョンアップを果たしました。ソニーモバイルによるとベースモデルとなったXperia ZRではAndroid 4.3までのバージョンアップは保証するがKitKatことAndroid 4.4へのバージョンアップは検証段階とのことで、今後のさらなるバージョンアップにも期待が持てます。

見事に2013年夏のツートップの一角としての責務を果たしたXperia A。残暑著しい中で初音ミクとのコラボモデルが発売されるなど、Xperia Z1発表まで数多くの話題を振りまいていました。

■大賞: SONY Xperia UL SOL22 (ソニーモバイルコミュニケーションズ株式会社)
―いい意味でXperia Zからの妥協を実現



Sol22

同列で大賞とさせていただいたのが、Xperia UL SOL22です。一般的にはau版Xperia Zと評されていましたが、実際はXperia ZLのローカライズ版でした。ヘッドホンジャックやmicroUSB端子、microSIMカードとmicroSDカードスロットの位置にXperia ZLとの共通点が見られます。本機種は5.0型フルハイビジョン液晶搭載機種では他にP-02E、F-02Eしかない電池パックが取り外し可能な機種でもありました。なお、ベースになったXperia ZLは電池内蔵型でした。

Xperia Z SO-02EXperia Z1 SO-01F/SOL23Xperia Z1S/Xperia Z1f SO-02F開発の試金石といえるもので、お世辞にも完成度が高いとは言えない代物でした。しかし、Xperia ULではXperia Zの良さを受け継ぎつつユーザビリティの向上を図っていました。実際、パフォーマンス面でいえばXperia Z譲りといえるものでした。Bluetoothテザリングが可能、デスクトップ上でナビゲーションバーやステータスバーが透過するなど、Android 4.1の地点で既にAndroid 4.2のXperiaの特徴を兼ね備えていました。その点では、Android 4.1地点で最も進んだ設計のXperiaだったといえます。

Xperia Aに遅れることちょうど3ヶ月、2013年12月3日にAndroid 4.2へのバージョンアップが配信されました。こちらも、ベース端末のXperia ZLにてAndroid 4.4までのバージョンアップが検討されているとのことで、長く使うにも期待感が募ります。auのLTE対応Android端末としては安定した売れ行きを見せ、当時は一部から「Xperia最強モデル」と呼ばれていました。

[次点]

■日本賞: FUJITSU ARROWS NX F-06E (富士通株式会社)
―もう「アアアッ」なんて言わせない

F06e

今までの反省からフラッグシップ機種の開発方針を転換させ、オールクアルコムデバイスになって帰ってきた新生ARROWS。フルセグ対応により出先でも高画質のテレビ映像を堪能できるほか、HD画質ながらテレビ録画も可能になった。カメラのこんにゃく現象がひどかったこと以外「不具合がないことそのものが不具合」と呼ばれたほど、今までの機種とは比べ物にならない完成度の高さが大きな反響を巻き起こした。

■スマチェン賞: Panasonic ELUGA X P-02E (パナソニック モバイルコミュニケーションズ株式会社)
―初心者もマニアも楽しく使いこなせる、パナソニック会心の1台

P02e

今まで不遇続きだったパナソニックがこの機種でようやく商業的成功を収めることができた。大画面ながら片手操作できることを念頭に置いて開発されており、携帯電話から機種変更したユーザーの利用を想定したケータイモードも搭載されていた、使い勝手重視のスマートフォンだった。この開発思想はパナソニック最後のスマートフォンになったELUGA P P-03Eでも活かされることになる。

■グローバル賞: Apple iPhone 5s (Apple Inc.)
―ドコのキャリアでモ使えるように

Iphone_5sn
長らく条件面で折り合いの合わなかったNTTドコモでも、加藤薫代表取締役社長が直々に渡米してトップセールスに打って出た結果、遂にドコモでの納入を勝ち取ったことが話題に。基本的にiPhone 5のキープコンセプトだが、64bit化や指紋センサー、ユーザーの利用スタイルを学習するコプロセッサApple M7の搭載、Androidから逆輸入された操作性により純粋なユーザビリティやスペックの向上が図られた。

■特別賞: LG Google Nexus 5  / EM01L (Google inc. / LG Electronics Inc.)
―Uncarrier. キャリアを越えた自由を、挑戦するキャリアからも

Em01l

日本におけるNexusスマートフォン第3弾。LGのフラッグシップ機、G2がベースとなっている。クアルコム初のLTEモデム統合型クアッドコアチップ、Snapdragon 800 MSM8974を搭載している。SIMフリーの状態で出荷されているため、対応周波数帯の圏内であればどのキャリアでも使えるのは魅力であろう。日本初の、工場出荷時にKitKatことAndroid 4.4を搭載したスマートフォンとしてモバイラーから歓迎された。

さて続いてはタブレット・オブ・ザ・イヤー2013を発表したいと思います。

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2013年12月25日 (水)

筆者の選ぶケータイ・オブ・ザ・イヤー2013 (はじめに)

Merry Christmas, Mr. Lawrence.
―「戦場のメリークリスマス(1983)」より

きょうはクリスマス。そういえば、2013年といえば北野武(ビートたけし)の上記の名ゼリフで知られる「戦場のメリークリスマス」からちょうど30年の節目なんですね。今ではほぼピアノ演奏でしか聴けなくなってしまいましたが、坂本龍一作曲のメインテーマも、当時は画期的だったサンプリング技術を生かしてワイングラスを叩いた音をメインメロディに用いていたそうです。

さて本題。きのうをもちまして、本家大元のケータイ・オブ・ザ・イヤー2013の受け付けは締め切りました。いよいよ、こちらも毎年恒例の、筆者の独断と偏見(?!)に基づいて選出しておりますケータイ・オブ・ザ・イヤー2013を発表したいと思います。それにあたり、今年の携帯業界の動向について軽くおさらいしてみましょう。

※残りの「筆者の選ぶケータイ・オブ・ザ・イヤー2013外伝」に関しては、一通り終わったところで後日談的な内容でお送りしたいと思っています。

■自業自得との声も?! 日本勢が続々とスマートフォン市場から退場
まず、とても印象的だったのがこれ。かつてのフィーチャーフォンの雄、NECカシオとパナソニックがスマートフォン市場から撤退し、これで生き残った純粋な日本メーカーはシャープ、富士通、京セラのみになってしまいました。NECカシオとパナソニックは撤退寸前に今までの悪評を覆す素晴らしい機種を作っていたようでしたが、焼け石に水でした。

両社ともマルチキャリア展開に失敗したあまり、ドコモに頼りすぎていたことが敗因でした。NECカシオはSoftBank 101NやIS11NでNECとしての端末納入が途絶え、パナソニックに至ってはSoftBank 101P/102Pを最後にソフトバンクへスマートフォンを納入してもらえなくなったうえにauへは納入する伝手すらない状態でした。

■大きさの代償
今年は5.0型以上の大画面スマートフォン、ファブレットの発売が目立ちました。Android 4.0以前では不可能だったスマートフォンサイズでのフルハイビジョン表示が、Android 4.1で可能になった故のブレイクスルーでした。また、今年発売のスマートフォンで目立ったのが、2,000~3,000mAhもの大容量バッテリーを採用した機種でした。それと引き換えに犠牲にしたのは電池パックの着脱。今年発売になった機種の大方が電池内蔵型に変わりました。年末商戦モデルに至っては、GALAXY Note 3を除く全機種が電池内蔵型になっていました。

このように電池内蔵型のスマートフォンが増えてきたのは諸説ありますが、モバイル電源の普及と反比例して交換用バッテリーを買うユーザーが減ったこと、さらなるベゼルの狭小化やデザイン性重視のために電池パックもそれに合わせて設計する必要が生じたこと、バッテリーを大容量化させて着脱可能にすると開口部が広がるため防水性能を喪失しやすい…などが挙げられます。

■クアッドコアとLTEでより強まるクアルコム依存
ノートパソコンの世界では2010年からちらほらと登場し始めたクアッドコア機。スマートフォンも2013年からはクアッドコアが当たり前になってきました。それに輪をかけて日本国内ではLTE化に合わせ、どんどんクアルコム依存を強めていく傾向にありました。

その背景に筆者がKraitショックと呼んでいる、2012年のSnapdragon S4シリーズが見せた驚異的なパフォーマンスにあると筆者は思っています。KraitコアはARM社のCortex-A15アーキテクチャにきわめて似た構造をしているとされ、MSM8260A/MSM8660A/MSM8960デュアルコアなのにもかかわらずCortex-A9クアッドコアのCPUに引けを取らない性能を誇っていました。その年内にクアッドコアチップのAPQ8064を初搭載したOptimus Gが発売されたことで事態は急変。さらに圧巻のパフォーマンスを見せつけ、ST-エリクソンが事業停止、テキサスインスツルメンツがOMAP5を開発しながらも事業規模を大幅縮小…など、業界に与えた影響はとても大きいものでした。

また、LTEのエリア拡大とアンテナ周りやLTEモデムのルーティン改善により、筆者がクアルコム病と呼んでいるLTEからUMTS/CDMA網へのフォールバックとLTE復帰の際に生じるクセが起こりにくくなっていきました。昨年のLTE端末の多くではLTEロストが起こるとなかなかUMTSやCDMAから復帰できず、何分間も何時間も遅い3Gで通信せざるを得なかったため、多くのユーザーをいらいらさせてしまったものです。

最後までクアルコムに頼らず端末設計をしていた富士通はF-02Eの悪評に耐え切れず、とうとうミドルレンジ以下でしか採用していなかったSnapdragonなどのクアルコム製デバイスをフラッグシップ機でも採用する方針に転換。今までフォールバックからの復帰が早いとして国産LTEモデムチップにこだわっていましたが、このようなメリットももはやLTEネットワークとルーティンの進化によって優位性とはいえなくなっていったのです。

■ドコモでもiPhone発売、その影響は?
今年は2年近くも契約者の漸減にあえいでいたドコモがプライドを捨ててがむしゃらになったと騒がれた1年でした。まずは日本メーカーを斬り捨ててグローバル端末を推すツートップ戦略、その次がiPhone納入を決意したことでした。今までのドコモではまずあり得ないこのような経営戦略、その背景には1968年に無線呼び出しサービスを開始して以来、45年の歴史の中で未だかつてない大純減を経験した苦境がありました。

こうしてドコモ、au、ソフトバンクの3社でiPhone納入が決まり、とりわけドコモは今までの漸減傾向から見事に立ち直ることができました。それでもなお、意外なことにドコモではAndroid機も根強く支持される傾向があり、とりわけXperia Z1 SO-01Fと来年海外でXperia Z1Sとして発売予定の中で日本先行発売されたXperia Z1f SO-02Fが堅調な売れ行きを見せていました。なお、この際のドコモは夏モデルの反省から「おすすめモデル」として日本メーカー推薦に戻ったもののiPhone旋風とXperia人気で焼け石に水でした。特にARROWS NX F-01Fはもう…。

その他にも今年は良くも悪くも携帯業界を象徴する出来事がありましたが、これは後述します。

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2013年12月23日 (月)

筆者の選ぶケータイ・オブ・ザ・イヤー2013外伝 (第6回)

筆者の選ぶケータイ・オブ・ザ・イヤー2013外伝
EPISODE VI: Android波瀾万丈

2008年にGoogleが発表し、2009年に日本上陸したAndroid。日本では一番長い歴史を誇ったWindows Phoneを差し置いて、iPhoneと並ぶ二大巨頭の一角となりました。2013年現在、スマートフォン向けプラットフォームとしては日本など一部の国を除いて世界トップシェアを誇るまでに成長しています。特に、お隣の韓国と中国はAndroid王国といわれるほどになっています。

なお、Androidのバージョンにはアルファベット順でお菓子のコードネームが振られていることで知られています。

Android 1.5 / Cupcake(カップケーキ)
Android 1.6 / Donut(ドーナッツ)
Android 2.0, 2.1 / Eclair(エクレア)
Android 2.2 / Froyo(フローズンヨーグルト)
Android 2.3 / Gingerbread(ジンジャーブレッド)
Android 3.0, 3.1, 3.2 / Honeycomb(ハニカム、シリアル食品)
Android 4.0 / Ice Cream Sandwich(アイスクリームサンドウィッチ、アイスモナカ)
Android 4.1, 4.2, 4.3 / Jelly Beans(ゼリービーンズ)
Android 4.4 / KitKat(キットカット)

(註)
・ジンジャーブレッドはヨーロッパで有名な生姜風味のケーキ。
・ハニカムは森永製菓の「スピン」みたいなもの。
・アイスクリームサンドウィッチはハーゲンダッツのクリスピーサンドがイメージに近い。
・ゼリービーンズは日本において春日井製菓株式会社が有名なメーカー(参考)。

2013年は日本におけるAndroid5年。Android元年から5年間、どのようにAndroidが進化していったかを振り返ってみましょう。

■Android元年: HTC Magic HT-03A (HTC Corporation)
―苦難のデビューだった日本初のAndroid端末

Ht03a


Androidユーザーの一般消費者はこの機種の存在をすっかり忘れてしまっているのではないでしょうか。それとも、全く知ってないのではないでしょうか。このHT-03Aこそ、知る人ぞ知る日本初のAndroid端末でした。当時、世界初のAndroid端末を開発して話題になっていたHTCが開発を担当し、HTC Magic をベースにした日本向けモデルとして発売していました。ユニークなのは付属品。後のLGのスマートフォン(特にL-05D/L-02E)のように電池パックがもう1つ付いていました。

筆者はこの機種が発売された当時に触れたことがありますが、iPhoneほどではないものの操作がサクサクだったのを覚えています。既にこの地点でGoogleの主なサービスにはほとんど対応しており、GmailやGoogle検索をはじめ、YouTubeやGoogleマップも使えていました。工場出荷時はAndroid 1.5だったためにプリインストールアプリぐらいしか使えませんでしたが、後にAndroid 1.6へのバージョンアップが提供され、アプリをインストールして使えるようになりました。

しかし、どうしても試作品という印象がぬぐえませんでした。この地点では発信、終話ボタンが付いていましたし、RAMは192MB、ROMは512MBしかありませんでした。チップセットも当時のフィーチャーフォンとほぼ同じスペックで、クアルコムのMSM7201A(528MHz)を採用と、ちょっと物足りないものでした。しかしながらアプリは必要最低限しか入っておらず、Root化も容易だったことから多くのユーザーはいかにして快適に使うか、頭をひねっていたものです。

Sbm001ht

結局、HTCはこのHT-03Aを最後にドコモへカムバックすることがありませんでした。一説によれば、今までの端末納入の実績をめぐって一悶着があって喧嘩別れになってしまったそうです。結局日本でAndroidが脚光を浴びるには、後述のXperia X10を待たねばなりませんでした。

一方、HTCは2010年にかつてよりWindows Phone端末でゆかりのあったソフトバンクモバイルにてHTC Desire SoftBank X06HT(II)を日本初のAndroid 2.1対応端末として、HTC Desire HD SoftBank 001HTを日本初のMSM8255搭載端末かつAndroid 2.2対応端末として発売していました。X06HT(II)はAndroid 2.2まで、001HTはAndroid 2.3までバージョンアップが提供されました。特に、001HTは当時としては大容量の768MBものRAMと1.5GBものROMを搭載しており、ユーザーからの評判も上々でしたが、これを最後にソフトバンクからも撤退してしまい、その後はauを中心に端末を納入することになりました。

■Android2年: Xperia X10 SO-01B
(ソニーモバイルコミュニケーションズ株式会社)
―当時より日本におけるAndroidスマートフォンの代名詞に

So01b

日本におけるAndroidスマートフォンの歴史は、この機種抜きには語ることができません。当時のソニー・エリクソン日本法人がNTTドコモ向けのフィーチャーフォン開発をSO906iで実質終了させ(最終モデルになったSO706iはN706iのバッジエンジニアリング品)、約2年ぶりにこの機種でドコモへ復活したのです。その間、ただサボっていたわけではありません。

実は、その間にドコモ携帯開発チームの大方が当時の本社、Sony Ericsson Mobile Communications ABにより再配属され、Xperiaシリーズ開発チームに加わることになったのです。当時はXperia X10を開発するにあたり、UIQスマートフォンの開発経験からタッチパネル操作のノウハウを有していましたが、日本側が主に携わったのはカメラや日本語入力機能でした。

So01b2

XperiaはExperience(経験)に由来する造語でしたが、その名にふさわしく良好なユーザーエクスペリエンスを提供できていました。ROMは1GB、RAMは384MBとHT-03Aに比べて倍になりましたし、当時のスマートフォンのフラッグシップ機で同様に採用されていたクロック1GHzのチップセット、Snapdragon QSD8250を搭載したことでサクサクな動作を実現していました。また、ソニーらしさを失うことなくAndroidの操作性を保っていたのも特徴です。そのソニーらしさは各機能にまで及んでいました。とりわけ、カメラ性能では当時のスマートフォンの追従を許しませんでした。8メガピクセルカメラの搭載により、当時のフィーチャーフォンと遜色ない画質の写真が撮れるようになっていました。

So01b3

度重なるソフト更新のたびに機能が進化していったのも印象的です。日本語入力機能POBoxがフリック入力に対応、spモードへ対応、エリアメール対応などでしたが、特筆すべきはマルチタッチへの対応でした。本来ハードウェア的にマルチタッチに対応せず、技術的にもマルチタッチが不可能とされていた中で、タッチされた2点を擬似的に認識してソフト側でマルチタッチとみなすようにしたウルトラCでした。

工場出荷時はAndroid 1.6でしたが2010年の年内にAndroid 2.1にバージョンアップすることが可能になり、これによりカメラ機能は大幅に進化してHD動画も撮影できるようになりました。その際にUIがAndroid準拠のものになりましたが、やはりXperiaらしさを失うことはありませんでした。この後、海外版のXperia X10がAndroid 2.3へバージョンアップできたことから多くのユーザーがさらなるバージョンアップへ期待を寄せることになりましたが、結局ドコモ側によりその期待はもろくも打ち砕かれることになってしまいました。その後、有志によりXperia X10として偽装させることでAndroid 2.3へバージョンアップさせる動きが見られました。

当時のスマートフォンとしては記録的な売れ行きを見せていたようで、5月中旬時点で約20万台、9月末地点で約45万台、最終的にはハーフミリオンを突破していました。しかし、スマートフォン周りのサービスは発展途上といえるもので、spモードの開始まではコンテンツの利用を控える向きが目立ち、それまでは端末の機能だけで完結させてしまうユーザーが多かったようでした。しかしながら、日本で初めてヒットしたAndroid端末となり、日本では「Androidスマートフォンと言えばXperia」といわれるほどの知名度を得ることができました。

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2013年12月21日 (土)

筆者の選ぶケータイ・オブ・ザ・イヤー2013外伝 (第5回)

筆者の選ぶケータイ・オブ・ザ・イヤー2013外伝
EPISODE V: Best or Worst of iPhone

2008年に日本で発売できるようになって以来、着実にユーザー数を増やしているiPhone。2013年現在はiPhone 5の残余在庫と、最新モデルのiPhone 5s/5cが手に入るようになっています。ここでは筆者の考える、歴代のiPhoneの中で最高のiPhoneと最悪だったiPhoneを紹介したいと思います。

なお、iPhoneの変遷は以下の通り。発売日はすべて日本時間です。
・iPhone: 2007年6月29日発売。GSM対応のため、日本では利用不可。
・iPhone 3G: 2008年7月11日発売。当世代よりソフトバンクモバイル経由で日本でも発売。
・iPhone 3GS: 2009年6月26日発売。32GBモデルが加わった。主にカメラ機能が強化。
・iPhone 4: 2010年6月24日発売。フレームがアンテナになり、現在のiPhoneの雛型に。
・iPhone 4S: 2011年10月14日発売。auでも発売が開始。CPUがデュアルコアになった。
・iPhone 5: 2012年9月21日発売。LTEへの対応とLightningコネクターの採用が大きな特徴。
・iPhone 5s: 2013年9月20日発売。NTTドコモでも発売が開始。世界初のARMv8対応機種。
・iPhone 5c: 2013年9月20日発売。実態はiPhone 5そのもので、プラスチックボディにより低価格化を実現。

■Best of iPhone: iPhone 4S(2011年)
―ジョブズの遺作となった最高傑作


Iphone_4s


最新機種であるiPhone 5s/5cが発売されようとも、筆者としてはこのiPhone 4SこそiPhoneの最高傑作との評判がゆるぎないです。なぜなら、iPhone 5以降は残念ながら妥協の塊になってしまい、今までのiPhoneのように決して挑戦することがなくなってしまったためです。アップル社の創業者にして当時の暫定CEOだったスティーヴ・ジョブズ氏が直接開発に携わった最後のiPhoneで、ジョブズ氏は4Sの完成を見届けるようにこの世を去ってしまいました。享年56歳でした。

iPhone 4Sの大きな特徴として挙げられるものは、シリーズ初の64GBモデルの追加、8メガピクセルカメラの搭載などカメラ機能の強化、音声コンシェルジュ機能のSiri(シリ)、そしてデュアルコアチップの搭載です。また、iPhone 4からステンレスフレームの形状を変えたことで電波特性が抜群に良くなっていました。4Sの「S」とは、Siriの「S」です。

筆者が4SをiPhone史上最高傑作としている最大の理由はズバリ、今までのiPhoneらしさを失うことなく良好なユーザーエクスペリエンス(UX)を維持できていたことにあります。この大きさで140gほどと軽量ではありませんが、逆にiPhoneのプレミアム感を演出するにはもってこいでした。当時のスマートフォンでは先を行くCortex-A9マイクロアーキテクチャのデュアルコアCPUと当時の最新世代の携帯ゲーム機とほぼ遜色ないスペックのGPUを採用したチップを搭載することで絶妙なヌルサクさを実現していました。ソフトウェアとハードウェアを一緒に設計できるAppleならではともいえます。

特に、いわゆるスマホフォトの火付け役としても知られています。この機種にはXperiaシリーズと同じカメラモジュールが搭載されていました。裏面照射型CMOSイメージセンサー、Exmor Rを採用しています。また、顔認証AFや電子式手ブレ補正機能も搭載しており、これにより従来のiPhoneとは比べ物にならないほどきれいな写真が撮れるようになっていました。4Sではロック画面から直接カメラを立ち上げることができるようになっていため、とっさに4Sを取り出して写真を撮っていた、というユーザーも多かったのではないかと思います。

Iphone_4s2


単なるiPhone 4のマイナーチェンジにとどまらず、いち早くBluetooth 4.0に対応したことでウェアラブルデバイスやライフログデバイス、ヘルスケアデバイスにも対応できるようになったこと、音声により様々な情報を知ったりアクティビティを管理、執行できる前述のSiriや、MobileMeに代わるクラウドサービス、iCloudへの対応などが大きな特徴でした。特に、iCloudによりパソコンレスでデータを共有、管理できるようになったことで当時から日本でも急増してきたパソコンを持たないiPhoneユーザーにとっても使いやすくなっていました。

日本ではauでも発売が決まり、多くのauユーザーを驚かせました。当時から、iPhoneはどこで買うのがお得かが議論され始めるようになりました。これもあって、市場競争により実質0円で16GBモデルが手に入るようになり、維持費の安さからiPhoneが爆発的に売れるようになりました。特に2012年の夏商戦以降、出来の悪かったAndroid端末と決別しようとドコモから番ポ転出した契約者のほとんどがどちらかに移ってこれを選んでいたのではないでしょうか。

3G時代の最後を飾るにふさわしかったiPhone 4S。3.5型ディスプレイDockコネクターへの対応もこの世代が最後になりました。一方で、すぐれたソフトウェア設計やハードウェアデザインは直接のライバルになったAndroid 4.0以降のAndroid OSや、それを採用した端末にも生かされることになりました。一方で、NTTドコモがSiriに対抗してiコンシェルのノウハウを生かしたサービス、しゃべってコンシェルを開発するきっかけにもなり、こちらも高い評価を得ていました。

2013年現在も、海外ではiPhone 4sとして引き続き販売中です。もちろん、最新機種が好まれる日本では根強い人気がありながらも2012年のiPhone 5発売と同時に出荷を終了させてしまいました。以降、海外版の白ロム輸入品か中古品しか購入手段がなくなってしまいました。

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2013年12月18日 (水)

筆者の選ぶケータイ・オブ・ザ・イヤー2013外伝 (第4回)

筆者の選ぶケータイ・オブ・ザ・イヤー2013外伝
EPISODE IV: 携帯デザイン進化論

まず、お知らせです。2013年12月18日より本家大元、Impress Watch開催のケータイ・オブ・ザ・イヤー2013の投票受付が開始しました。12月24日に投票を締め切り、12月27日に結果を発表します。なお、このblogでは「筆者の選ぶケータイ・オブ・ザ・イヤー2013」を12月24日前後から逐次結果を発表したいと思います。お楽しみに!

さて本題です。今では、スマートフォンの普及でどれも似たり寄ったりのデザインになってしまいましたね。しかし、フィーチャーフォン全盛期にはどの機種もデザインで個性を主張していた、そんな時代がありました。

■INFOBARシリーズ
―日本のデザイン携帯の原点


携帯電話に求められるものとしてスペックアップがありましたが、それにデザイン性を加えた記念すべきシリーズとしてこれを取り上げたいと思います。その根強い人気から、断続的に後継機が発売されていた点は特筆に値します。

これまで発売された機種は以下の通り。
INFOBAR (A5307ST): 2003年10月31日発売。当時の鳥取三洋電機株式会社が開発。
INFOBAR2 (W55SA): 2007年12月1日発売。当時の鳥取三洋電機株式会社が開発。
INFOBAR A01 (SHX11): 2011年6月30日発売。シャープ株式会社が開発。
INFOBAR C01 (SHX12): 2012年2月3日発売。シャープ株式会社が開発。
INFOBAR A02 (HTX21): 2013年2月15日発売。HTC Corporationが開発。

A5307st

[写真はINFOBAR]

INFOBARはCDMA 1x端末、INFOBAR2はWIN端末、INFOBAR A01/C01はAndroid 2.3スマートフォン、INFOBAR A02はAndroid 4.1スマートフォンとして発売されています。デザインのアイデンティティは既に初代INFOBARで確立されており、最新機種に至るまで一貫して深澤直人がデザインを担当しています。この点では、近年まで喜多俊之がデザインしてきたシャープの薄型テレビ、AQUOSに似たデザインアイデンティティを確立しているといえます。

初代INFOBARから一貫して、ハードウェアキーはタイル状に配置されています。これがボタンの押しやすさにもつながっており、一種のユニバーサルデザイン志向として後の携帯電話のデザインにも大きく影響を与えました。また、一部を除いたカラーではボタンカラーがランダムにされており、これがデザインアクセントにもなっていたり、キー配置を覚えるにもわかりやすく配慮されていました。これらは後に深澤がデザインしたneon(W42T)やIS01のコンセプトにも影響を与えていました。

W55sa

[写真はINFOBAR2]

ただし、初代INFOBARは当時発売していたA5501Tなどと比べるとどうしても機能面で見劣りしてしまう端末でした。しかしながらデザイン面の評価が圧倒的に高く、当時のベストセラー機種になりました。本家大元のケータイ・オブ・ザ・イヤー2003にも選出されたほどです。なお、INFOBARに気を良くしたのか、auは後にtalby(A5508SA)を発売しましたが、INFOBARを超えるヒットにはなりませんでした。

その反省からか、INFOBAR2は当時のWIN端末と遜色ないスペックでアンテナを本体に内蔵したワンセグチューナー搭載になったり、当時最先端の有機ELディスプレイを搭載したりして機能面で強化を図っていました。その後はしばらくau design projectの停滞とともに雌伏の時を迎えていたのですが…

Shx11

[写真はINFOBAR A01]

突如、2011年にスマートフォンとして復活を遂げました!

INFOBARシリーズを代々手掛けていた三洋電機の携帯電話事業撤退に伴い、シャープが代わりに開発を手掛けることになりました。当時のスマートフォンとしては出来がいい部類でした。しかし、本体ストレージが1GB程度、バッテリー容量が1,020mAhと少なかったのはさすがに気になりましたね…。

Shx12

[写真はINFOBAR C01]

2012年には往年のINFOBARを彷彿させるデザインのストレート型テンキー付きスマートフォンとしてINFOBAR C01が発売されました。UIの使い勝手はA01よりも改善され、シャープが発売してきたスライド型スマートフォンと比べるとキー操作とタッチパネルのシームレスさが魅力でしたが、やはりスマートフォンとしての粗や電池持ちの悪さが目立つ結果になりました。

Htx21

[写真はINFOBAR A02]

そして2013年、またまたメーカーをHTCへ交代させてINFOBAR A02を発売。あの「溶けかかった飴」をイメージしたデザインは健在で、当時の最先端を行くクアッドコア、LTE対応、Android 4.1というハイスペックスマートフォンに様変わりしました。発売から半年もしないうちに販売終了になり、2013年のグッドデザイン賞にも選定されていました。しかし、その一方でAndroidの仕様変更に伴って「INFOBARらしさ」が次第となりをひそめていったのも事実でした。

■PENCK / W31H(株式会社日立製作所)
―ブレイクスルーを克服した結果

W31h

実は筆者が最も衝撃を受けたデザイン携帯がこれです。携帯電話らしからぬデザインで、最初に見た感じ「まるでハクキンカイロみたい!」と思ったほどです。恐らく、筆者が知る限り、日本の携帯電話としては最も前衛的なデザインではないでしょうか。デザインを担当したのは世界的なアートデザイナー、サイトウマコトでした。

カラーは3色用意されていましたが、中でも目玉とされていたのがメタルの塗装仕上げでした。なんと全身がメッキになっています。当時の従来の技術ではこのようなことはご法度とされていました。それは、メッキによって電磁遮蔽され、電波がアンテナに届かなくなってしまうためです。そこで、電波受信にも影響を及ぼさぬよう、蒸着塗装によりこのカラーリングを実現していました。この蒸着塗装、早速2005年発売のF902iでも生かされています。

W31h2

このように、パカッと開くと逆ヒンジ型の折りたたみ携帯であることが分かりますが、その際も「キィィィィィーン!」と、逆に閉じると「ピピピピピ…」と、いかにも前衛的な効果音が鳴ります。UIデザインも視覚的に分かりやすくできており、グラフィックデザイナーが本業の氏の芸の細かさがうかがえました。

W31h3

当時は携帯電話を買うと必ず付属品が付いてきた時代でしたが、PENCKには白で統一された電源アダプターと卓上ホルダーが付属していました。通信ケーブルやヘッドホンを差し込みやすいよう、卓上ホルダーの片方に隙間を作れるようになっていました。筆者は卓上ホルダーにセットされたこの機種の写真を見たことがありましたが、これほどよくなじむようデザインされているものは後にも先にもなかったです。なお、卓上ホルダーと本体の接点には贅沢にロジウムメッキがされていました。ロジウムメッキといえばオーディオマニアによく知られていた手法でしたが、これを携帯電話に採用した例はほとんどなかったです。

なお、この機種は曰くつきでした。なんと、この機種に採用されているフォントが実はフリーフォントの無断引用だったのです。後にその書体の作者へデザイナーとともにKDDI株式会社が謝罪することで和解、解決を見ましたが、その当時の開発背景のごたごたさときたら…。なお、そのフリーフォントは現在でもダウンロード可能になっています。原因はKDDI側の勘違いで、「サイトウ氏が端末のイメージに合う書体を選別していた」ことをKDDI側が「サイトウ氏が独自にデザインした書体を採用」と誤解していたのが真実でした。

端末としても当時のサービスには大方対応できていましたし、WIN初のau design project端末としてはまずまずのスタートだったではないかと思います。コスト的にカメラのAF化はまだまだだったので、当時の機種としては及第点でしょう。2012年7月24日以降、この機種は他の旧800MHz帯対応機種とともに利用不可になってしまいました。

これら、au design projectは一定の成果を収め、INFOBAR2の発売をもっていったん終了しました。しかしその後、iida(イーダ)として突如再始動し、GRAPPAシリーズ(G9/G11)などのヒット作を送り出しました。

そして、ドコモもこのau design projectに刺激を受け、あのベストセラーになったデザイン携帯を世に送り出すことになります。

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2013年12月17日 (火)

筆者の選ぶケータイ・オブ・ザ・イヤー2013外伝 (第3回)

筆者の選ぶケータイ・オブ・ザ・イヤー2013
EPISODE III 携帯が女に媚びてはいけないわけ

携帯電話の需要をいつでも下支えしているのが流行になおさら敏感な女子高生や女子大生。だからといって、「これなら女性に売れるだろう」と思ってデザインした結果が裏目に出てしまった機種もたくさんあります。本当は、ユニセックス志向のデザインをしなければならなかったのです。ここではそんな機種を紹介してみようと思います。

■Lechiffon / P253iS (パナソニック モバイルコミュニケーションズ株式会社)
―発想は悪くなかったけれど…

P253is


2004年に発売され、その小ささからP252iSに引き続きヒットしたP253iをベースにし、翌2005年に発売された機種。この機種は携帯電話の再定義を試みた野心あふれたコンセプトではありましたが、iショット対応機種の集大成と言われたP253iとは対照的な評価になってしまいました。なお、本作とほぼ同時期に発表された機種としてはコンセプトモデルが多く、Crystal Kayのコマーシャルで話題になったMusic PORTER(D253iWM)、小型携帯として話題になったpremini-S(SO213iS)、薄さにこだわったカメラなし携帯のprosolid(P213i)がありました。

ペットネームは「ルシフォン」と読み、Le chiffonと分解できる通りシフォン電話かばん語になっていました。その名のとおり、身につける感覚で使う携帯電話、というコンセプトのようでした。外装に合成皮革を採用し、カメラ周りにラインストーンの入ったチャームを採用していました。元々がフランス語由来のペットネームだったため、カラー名もやはりフランス語から。Rose(ピンク)、Blanc(白)、Bleu(水色)の3色立てで展開されました。

ところが、こうしたコンセプトモデルの中では最も売れなかったようです。発売から1年たってもなお売れ残っていたこともざらでした。といいますのも、ベースになったP253iと比べてminiSDカードに対応しなかったこと、何より閉じたときのデザインは良かったのですが開いてみるとおもちゃのような作りに見えてしまう点でがっかりさせられたのでしょう。

その他のコンセプトモデルはといえば、prosolidシリーズはカメラ付携帯禁止の職場もあったことから法人需要に支えられ法人向け端末の嚆矢になりました。Music PORTERシリーズは音楽携帯の方向性を決定づけたとして三菱電機の端末以外にもそのコンセプトは影響を与え、auがLISMOを展開するきっかけを作った音楽携帯の先駆者的存在でした。preminiシリーズはストレート型端末の再評価につながり、一時的にストレート型端末の人気が再燃するきっかけになりました。preminiシリーズではないもののSO902iやSO902iWP+へそのコンセプトが受け継がれていくことになっていきました。

その一方、Lechiffonが単なる無駄に終わってしまったと一概には言えません。携帯電話を道具からアクセサリーの一種へと再定義することになり、古くはデコレーション携帯の人気につながり、2010年頃から爆発的に普及してきたiPhoneにおけるアクセサリービジネスや、スマートフォンのヘッドホンジャックに装着するスマホピアス(ジャックカバー)の普及など、違った意味で携帯電話のアクセサリーとしての着飾り方を示してくれていました。

■Sweetsシリーズ(三洋電機株式会社)
―子供向け携帯のルーツだったが…

A5510sa


[写真は初代Sweets]
auでは2004年にA5405SAというジュニアモードを搭載した機種を発売しており、子供に携帯電話を持たせたいと思っている契約者からは一定の支持を得ていました。この機種のコンセプトから着想を得て、完全にティーンズ向け端末として開発されたのがSweetsシリーズです。全機種CDMA 1x端末でしたが、端末スペックはターゲット層とともに徐々に向上していきました。Sweets pureでは大画面化とカメラの高画素化が図られ、最終モデルとなったSweets cuteではmicroSDカードへ対応となりました。

・Sweets / A5510SA(2005年3月22日以降発売): A5507SAやtalby(A5508SA)の姉妹機種
・Sweets pure / A5519SA(2006年2月11日以降発売): A5518SAやジュニアケータイ(A5520SA)の姉妹機種
・Sweets cute / A5524SA(2007年2月23日以降発売): ジュニアケータイ(A5525SA)の姉妹機種

A5519sa

[写真はSweets pure]
全機種ともデザインを担当したのはインダストリアルデザイナーの柴田文江。当時、ベビー用品や体温計、調理家電のデザインで注目を浴びていた彼女でしたが、その経験を生かしてプロジェクトへ参加することになりました。なお、auではフレンドリーデザインシリーズにカテゴライズされています。これはユニバーサルデザインに「楽しさ」をとりいれたもので、主なヒット端末としてカシオ計算機のW41CAがありました。

A5524sa

[写真はSweets cute]
2代目になるSweets pure以降はジュニアケータイと同時開発になり、Sweetsシリーズのほうが対象年齢層が若干高くなるよう差別化されていました。3代目になるSweets cuteの姉妹機種だった2代目ジュニアケータイ、A5525SAでは遂に柴田氏がデザインに携わることになり、デザートを意識したカラーリングのSweetsシリーズに対し、ジュニアケータイは北欧のおもちゃ風のデザインと明確にコンセプトを別にしたデザインで棲み分けを図っていました。

このシリーズ、実は本来ターゲットにしていたティーンズ層の女子以外にも、その親御さんであろう20代~40代の主婦にも「メールと電話をするだけなら十分」として受け入れられていました。意外なことにシンプルな機能からあえてこの機種を選んだ男性ユーザーも少なくはありませんでした。

ところが、ごくごく一部から当時ネットスラングになっていた「スイーツ(笑)」として嘲笑の対象にされてしまったことが悔やまれます。本来の「スイーツ(笑)」の意味はマスコミに踊らされやすい女性だとか、言い換えを多用することで洒落ぶっている女性メディアの作り上げた流行に影響されやすい女性などを表していました。2005年頃からデザートの言い換えとしてスイーツが多用された結果、全国的にスイーツブームが引き起こされたことに由来していました。

これもあって当時、ネットコミュニティを中心にauの携帯電話のデザインがどんどん安っぽいものになってしまったことを嘆く声があり、不名誉なことに「スイーツ(笑)携帯」の語源になってしまいました。auもCDMA 1x端末の新規開発終了を以てこのシリーズも終了し、子供向け携帯電話はジュニアケータイへ一本化の後、2010年に発売されたmamorinoシリーズへ受け継がれることになります。mamorinoシリーズの開発に柴田氏が参加することはありませんでしたが…。

さて、続いてはドコモがデザイン携帯の開発をやめ、ブランドとのコラボレーションに転じるきっかけになった端末を紹介したいと思います。

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2013年12月15日 (日)

筆者の選ぶケータイ・オブ・ザ・イヤー2013外伝 (第2回)

筆者の選ぶケータイ・オブ・ザ・イヤー2013外伝
EPISODE II: ドコモの旧ツートップに訪れるラグナロク

2007年、携帯電話キャリアは販売奨励金(インセンティブ)をどう廃止するか、決めあぐねていました。その中でソフトバンクモバイルはボーダフォン時代から始めた端末の割賦斡旋販売と通信料割引を組み合わせたスーパーボーナスで、KDDI(au)は従来通りの販売方法をとるフルサポートコースと端末代金が高額になる代わりに専用プランで安く使えるシンプルコースの導入で対応していました。最後まで迷っていたのがドコモ。結局、ソフトバンクと同様の割賦斡旋販売を導入して利用料金を安く抑えるバリューコースと、auのフルサポートコースに相当するベーシックコースで応戦することになりました。

その中で、ドコモへ端末を納入していた各社は技術の粋を結集した端末で本気に打って出ました。特に、その中で伝説的な売れ行きを見せたのがN905i/N905iμP905iでした。しかしそれは結果的に両社の終わりの始まりでした…。

■FOMA N905i / N905iμ(日本電気株式会社)
―「Nの携帯」の転換点


筆者はN903iを手に入れたことでNユーザーに戻っていました。しかし、サーフブルーですのでジーンズのポケットに入れるごとに徐々に角の塗装が取れてしまったり、傷が付きやすかったり…と、主に外装面での不満が多かったですね。一方、機能的にはOMAP2430搭載だからなのか、当時のiモード携帯の中では比較的サクサクでしたし、NECが売りにしていたカメラもブレに強く、当時のCMOSカメラで起こりがちな「こんにゃく現象」も起こりにくかった点が印象的です。何より画像の読み込みがSH902iと比べてものすごく速かったですね!

ここで改めてNの再評価につながり、満を持して筆者のドコモメイン回線がSH902iへの変更から(手続き上)2年になる2007年12月にこの機種へ変更することになりました。初めてバリューコースで購入するにあたり様々な疑問を抱きながらの手続きになったため、それを一番解消しやすいとしてドコモショップにて手続きしていました。これがきっかけで、ドコモの携帯の新規および機種変更手続きは主にドコモショップで行うようになりました(最近の数少ない例外がF-05D)。

筆者の場合、ドコモショップで手続きしたほうが楽でした。ALADIN端末を操作する店員の説明を聞きながら、数回サインをするだけ。これでN905iを手にすることが出来ました。当時の定価で50,400円(+頭金5,250円)。24回払いで月々2,100円を端末代として徴収する、というものでした。この機種、売れ筋だったために手に入れるまで相当時間がかかったと思います。筆者は12月上旬に予約していましたが、手続きをしたのは12月中旬でした。

N905i

当時はまず、VGA液晶ならではのきれいな画面表示に驚かされました。明らかに文字がきれい! 905iシリーズではスケーラブルフォント採用によりはっきりくっきりとした文字表示が可能になっていました。さらに、1度に5つまでタブを開けるタブブラウザー機能も重宝しました。HSDPA対応もあいまって、本当に快適でした。待受画面からそのままネット検索が出来る機能にもとてもお世話になりました。カメラも当時の機種にしては画質がとても良好でした。後述するP905iと同じく5メガピクセルでしたが、表現性ではこちらのほうが上でしたね。地味にシャープ製端末の特権だったモバイルライト機能が付いていたのはうれしかったです。

しかし、売れすぎた分、粗が出来てしまった点も否めません。たとえば、外部接続コネクターとイヤホンマイク端子が隣接していて、ヘッドホンをつなぐときは相当気を使いました。それに全般的にレスポンスがもっさり気味で、結構マイナーな不具合が頻発していたようでした。そのため、ソフト更新も当時の機種では多めでした。また、外見上のアクセントになっているアルミパネルにも問題を抱えていました。外部から圧力がかかると大きく湾曲することがあったのです。実は筆者もこれが原因で外装交換に出す羽目に遭いました。明らかに未完成といえる出来だったのをNECも認めていたためか、後継機のN906iはほとんど変わらない外見ながら、あらゆる面でN905iよりも完成度を高めていました。

バリューコースに切り替えてからは茨の道を歩むことになりました。料金延滞が続くようになり、結局これを使ってから1年余りで料金滞納に伴い強制解約になってしまいました。ドコモのサブ回線もやはり同じく強制解約になり、これで筆者名義のドコモ回線はいったん消滅することになってしまいました。

N905imyu

一方、当時はありそうでなかった「薄型ハイスペック機」として発売されたのがN905iμになります。こちらはN905iからワンセグなど一部機能を削除し、カメラやスピーカーなど一部機能の性能が若干下がっています。電池パックはN904iと同じN16を採用していました。これにより、ハイスペックながら12.9mmもの薄さを実現していたのです。しかし、この機種もそこそこの成功を収めており、後にワンセグを搭載したN906iμを経て、N-02Aではついに当時のNECのフラッグシップモデル、N-01Aと形状以外はほぼ変わらない程度にまで進化していました。

N01a


しかし結果的に売れ行きではN905iμ系統のほうがNの主流になってしまいました。というのも、N906iの後継機になるN-01A系統が本来のNのフラッグシップの座を担うはずでしたが、上記のようなリボルバースタイル(NECではT-Styleと称していた)が受け入れられなかったことやタッチパネルを売りにしていたにもかかわらず操作できる機能の制約が嫌気されて売れなかったのです。結局、T-StyleはN-06A(N06A3)を最後に姿を消し、代わりに2軸ヒンジタイプのN-02Bが翌年のフラッグシップ機となりました。このように、社運を賭けて提唱したスタイルの浸透を見ないまま、NECは迷走することになってしまいました。

N02d

Nの携帯の主流になった薄型ハイスペック機は形を変えながら進化を続け、最終的にN-02Dがその集大成になりました。ちょうどスマホシフトの時期に発売されたタイミングの悪さもあり、在庫が払底するまで発売から1年を要してしまいました。なお、現在発売中のN-01Fは機能こそN-03D並みに劣化しているものの、デザインベースがN-02Dになっています。

続いては、905iシリーズで最も売れた機種について紹介します。

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2013年12月 9日 (月)

今年も懲りず…

Img_0001

今年もまたこの季節、ということで手袋を新調しました。昨年と同じくなぜかケーズデンキで購入ですが、なに、気にすることはない(某)。と言いますのも…

Img_0004

真ん中と右が今まで使ってきた手袋。既に満身創痍です(笑)。実は、おととし買ったものと去年買った物のうち、痛んでいなかったものを選んではめていましたw 実に考え方が貧乏くさいです。

Img_0003_2

やはりというか、重視したことはスマートフォンやタブレット対応なこと。去年、おととしとすぐに傷んでいったので、耐久性が良さそうなツーリング仕様にしてみました。そのため、価格は2,200円ちょっとと、去年買った分と比べて倍以上しています。

とりあえずこれで冬の心配は一難去りました。これを買う前にケーズデンキで2013年12月19日発売予定のXperia Z1Sの日本版、Xperia Z1f(SO-02F)のデモ機に触れる機会がありましたけど、手袋モードなんていうのがあったんですね。これはXperia Z1(SO-01F/SOL23)のアップデートで実装されることに期待してみたいです。もちろん、Xperia Z1fにはスタミナモードが搭載されていました。

しかしXperia Z1fって売れるかなあ…。既にXperia Z1が売れ筋になってしまっているし、この手の小型端末でいえばドコモのiPhoneもとんとん拍子で売れてしまっているので、下手すれば売れずに在庫がダブついてしまうのではないでしょうか…。それに、今でもXperia A(SO-04E)はコンスタントに売れているみたいですからねえ…。年末商戦ではiPhoneももちろんですが、Xperiaシリーズの扱いを凝視しないわけにはいきません。

2013年12月 8日 (日)

筆者の選ぶケータイ・オブ・ザ・イヤー2013外伝 (第1回)

筆者の選ぶケータイ・オブ・ザ・イヤー2013外伝
EPISODE I: My First Mobile

予告通り、思い出に残った携帯電話を紹介するケータイ・オブ・ザ・イヤー外伝をお送りしたいと思います。まずは、筆者が初めて使った携帯電話を紹介しないわけにはいきませんね。

■デジタル・ムーバ N503i HYPER (日本電気株式会社)
―21世紀最初の「全部入り」

N503i


もう、これは説明不要の名機だと思います。なんといっても、折りたたみ型端末が21世紀の携帯電話のデファクトスタンダードになるきっかけになったためです。筆者が高校に入学した当時、これを持っていた同級生が多かったほどでしたね。

昔からNECはドコモの契約者の中で「折りたたみのN」で通っていたほど折りたたみ型端末のパイオニア的存在でした。本来、折りたたみ型はスピーカーと受話口がしっかりと耳元と口元にフィットすることがメリットでした。しかし、それが大きく変わったのが1999年。NTTドコモはiモードをスタートします。これにより、画面の大型化に有利な折りたたみ型端末の人気が高まっていくことになり、iモード端末の中でもNの人気が突出し始めることになります。

そして2000年、ドコモはiモード開始までの主力シリーズだった2シリーズも、209iシリーズでついにiモードに対応させます。今まで2シリーズでストレート型と折りたたみ型を用意していたNECはとうとう、N209iの発売で折りたたみ型に一本化することになりました。当時の直接のライバルだったパナソニックも後出しでP209iSを発表して対抗するほどでした。沖縄サミットのオフィシャル携帯電話にN502itが選ばれるなど、当時のNECは折りたたみ旋風に気を良くしていた節がありました。

2001年、当時のiモードのフラッグシップを担っていた5シリーズの503iシリーズが発表されました。16和音の着メロやiアプリへの対応が大きなセールスポイントでした。特にiアプリは主にゲーム用として使われることが多く、携帯電話のコンテンツビジネスに大きな変革をもたらすことになりました。中でもN503iは筆者に鮮烈な印象を残したものです。背面にはiモードのイルミネーションだけ。これがデザインアクセントになっていて、非常にスタイリッシュなデザインでした。

機能的にも当時としては先進的でした。画面解像度が160×120pixelsだったため、VGA画像の縦横のサイズを1/4にするだけで待受画面に出来たのです。当時では珍しいJPEG画像表示にも対応していた端末でした。また、ヤマハの16和音のFM音源も高品質で、「ポケメロJOYSOUND」でサルのように高音質メロディを聞いていたいい思い出があります。

メニュー画面も使いやすくまとめられており、まずメニューキーを押下すると良く使う6つの機能が出てきます。筆者はそこからテンキー入力でメニュー設定を直接呼び出して設定メニューを開いていました。待受画面に自分の好きな機能を登録して、そこから直接サイトを呼び出したりアプリを立ち上げるなんてことも可能でした。操作性は若干癖がありましたが、おおむね良好でした。

しかし難点がないわけではありません。日本語入力はまだ発展途上で、予測変換すらついていません。すでに三菱電機がATOKを、ソニーがPOBoxを採用していたのとは対照的でした。また、TFD液晶搭載だったため、とにかく晴天時は画面が見づらくなったものです。それに当時のmovaはいわゆるハーフレート化により通話音質も決していいものとはいえませんでした。今のauの音声通話も相応に音質が悪いですが、それよりもさらに悪かったと思います。

さて、ここからは2001年当時の携帯事情について少し説明したいと思います。今とは違って、個人情報や信用情報に大らかだった世の中だったので、売る側も敷居が低く携帯が欲しければどこでも手に入る、そんな時代でした。その中で筆者は念のため、当時のデンコードーで開通させていました。

当時の携帯電話のお値段ですが、ドコモだけが新規契約で約3万円、機種変更は現在の機種の利用期間に応じて変動する方式でした。他社は本当に新規0円で、機種変更でも長く使っていたら1万円いくかいかないかとか、かなり安い部類でした。もちろん一括払いです。今のような2年縛りもなく、「いちねん割引」により、利用年数に応じて徐々に安くなっていく1年縛りを採用していました。違約金は3,150円で、某社のような解約の際に2万円とかいう法外な違約金を求められることもありませんでした。こうしてみると当時の携帯屋はは実にいい商売の仕方でしたね。

最初はプランAで利用していました。これはNTTドコモ発足当時からあった料金プランで月々4,725円かかり、630円の無料通信分が付いているものでした。しかし、筆者は主にiモードで利用していたためすぐに無料通信分を使いきってしまったため、月々4,305円で1,365円の無料通信分のつくおはなしプラスMへほどなく変更してしまいました。そのあと、料金繰越システムが導入された際はこれが大きくプラスに働いていました。

当時は基本セットに卓上ホルダー(N007)ACアダプター(N003)が付いていました。今とは違い、メーカーごとに電源アダプターのコネクター形状が違ったため、わざわざメーカー純正品を買わなければならなかったのです。当時の電源アダプターは何があっても壊れることがなかったです。

結局、筆者は2005年までN503iでやり過ごすことになりました。そのためか、その間はパケ死とは無縁でしたね。もし高機能化していったmova端末にしていたら家計が傾いていたと思います…。というのも当時、なかなか携帯電話を買い替えることがままならなかったためです。というわけで、結果的に筆者としてはN503iがmovaとしては孤高の存在となることになりました。

そして2005年。大学に入学する際にFOMAへの契約変更でデュアルネットワークの紐付け機として第一線から退くことになり、2008年にドコモショップで廃棄するまで使っていました。続いては、そのFOMAに契約変更した当時に買った端末についてです。

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2013年12月 3日 (火)

ゼリー豆祭りの裏で…

AndroidスマートフォンのJelly Beans(Android 4.1/4.2)へのバージョンアップの動きが11月に入り活発化していきました。一部を除くドコモスマートフォンには大方バージョンアップが配信され、これでドコモの機種に限っては明言のあった機種は残すところSH-01EとN-02E、N-07Dになりました。技術的に不可能ではないはずのP-07DやN-08D、HW-01Eはいったいどうなるのやら…。

2013年12月3日、Xperia UL(SOL22)へもAndroid 4.2へのバージョンアップが配信されてきました。これで、auの2013年夏モデルはすべてAndroid 4.2になりました。筆者がこのことに気付いたのはいったん帰宅した後、何気なくSOL22のソフト更新を確認した時のことです。KDDIから正式に発表があったのは2013年12月3日の18時だったのですが、ツイート時刻に注目。

一応、Wi-FiやLTE経由のバージョンアップをお勧めしたいと思います。その際は充電しながらやってみましょう。一時的に本体が熱くなったり動作が重くなったりしますが、これはカーネル最適化のためですので異常ではありません。なお、バージョンアップパッケージのダウンロードに必要なデータ量は約234.7MBです。SO-04Eのそれより若干容量が大きいです。

主なバージョンアップ内容は以下の通り。Android 4.2以降のお約束として、ビルド番号の連打によって隠し要素の開発者向けオプションを開くことができます。

・ロック画面にウィジェットを配置可能に(ウォークマンもこれを応用してロック画面に表示)
・スモールアプリやノートの機能強化
・カメラに静止画プレビュー機能を追加
・通知トレイからFMラジオを切ることができるようになった
・PS3のコントローラーに対応

SOL22はAndroid 4.1のXperiaとしては最も進んだUIを採用しており、透けるステータスバー、ランチャー表示時の半透明のタッチキーなどはそのままAndroid 4.2のXperiaへ継承されていった要素でした。そのため、見た目上の変化はXperia Z(SO-02E)やXperia A(SO-04E)に比べると少ないです。また、機能面でもBluetoothテザリングなど、バージョンアップ前からすでに実装していた機能があったために大きな変化は見られないと思います。

ビルド番号が10.2.F.3.43または10.2.F.3.81から10.3.1.D.0.220になったらバージョンアップ成功です(2013年12月3日現在)。筆者は評判を聞きながらしばらく保留ということで…。

詳しくは以下のリンクを参照してください。

・KDDI株式会社より
Xperia™ UL SOL22 OSアップデート情報
・ソニーモバイルコミュニケーションズ株式会社より
Xperia™ UL SOL22 [Android 4.2.2 OSバージョンアップ]

この後も他社端末でバージョンアップが出来るようになるはずですが、ISW16SH、SoftBank 106SH、ISW13F、FJL21、SoftBank 201F、CAL21、LGL21あたりはそれぞれに対応するドコモの機種がせっかくバージョンアップできるように(または対応予定に)なっているのだから、Jelly Beansの恩恵を受けられるよう性急にバージョンアップしてもらいたいと思っていますね…。SoftBank 101P/102P/101DLみたいにバージョンアップすらさせてもらえずに計画的に陳腐化させられた事例もありましたので、それだけは避けてもらいたいです。

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2013年12月 2日 (月)

流行語、ということですが…

2013年の流行語大賞が決定しました。1984年に始まったこの賞ですが、歴代最多の4語が大賞受賞という結果になりました。大賞に輝いたのは…

■いつやるか? 今でしょ!
予備校の東進ハイスクールで講師を務めている林修氏自身が出演するテレビコマーシャルの名台詞。さまざまな番組やCMがオマージュしていったことで有名。

■お・も・て・な・し (O, Mo, Té, Na, Shi)
2013年9月7日(日本時間8日)のIOC(フランス語の略称はCIO)総会にて、2020年のオリンピック開催地を決定する重要な最終プレゼンテーションにて、滝川クリステルが登壇し、CIOの公用語の1つであるフランス語でスピーチした際に日本人に根付く精神をこの一言で表した。いわゆるホスピタリティ(Hospitality / Hospitalité)精神のこと。
これが後押しして、2020年の夏季オリンピック開催地が東京に決定し、東京都政の約10年越しの念願、東京オリンピック招致がかなうことになった。開催決定後も、メディアで「おもてなし精神」がしきりにクローズアップされてきた。

■じぇじぇじぇ
クドカンこと宮藤官九郎が脚本を担当したことで話題になった2013年度前半のNHK連続ドラマ小説「あまちゃん」。朝ドラ久々のスマッシュヒットになり、ロケ地の岩手県久慈市には観光客が押し寄せた。東日本大震災の傷が今なお残りながらも復興しつつある岩手県の三陸地方を舞台にしている。
もともとは、ごくごく一部の地方で用いられている感嘆の言葉。ちなみに岩手県内陸では「じゃじゃじゃ」という。IBCテレビのローカル番組に「じゃじゃじゃTV」があるほど。

■やられたらやり返す。倍返しだ!
TBSテレビの日曜劇場「半沢直樹」で主人公が窮地に追い込まれた際に発する名台詞。このドラマは三井本館がロケ地に使われたり、主人公役の堺雅人や強烈な印象を残したオネエ口調の悪役を演じた片岡愛之助の熱演も相まって、2010年代のテレビドラマとしては大成功を収めることができた。最終回の後味の悪さは賛否両論に。

時代だなあ…と思ったのが、「いつやるか? 今でしょ!」と「倍返しだ!」の2語が2013年のネット流行語大賞と重複していること。ちなみにネット流行語大賞銀賞は「激おこプンプン丸」でした。誰得ですが、iOS 7の日本語入力に「激おこ」の最上級表現「激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリーム」が候補として入っているくらいですからねえ…w

さて、ここからは筆者的流行語大賞2013です。おまけとして、先日のアレについて発表したいと思います。

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2013年12月 1日 (日)

[予告]今年もやります!

今日から師走、12月ですね! これで、2013年も長いと思いつつ残すところあと30日ほどになりました。そこで…

例のアレ、今年もやりますよ!

年末には紹介できるようにしますが、それまでは過去を振り返ってみたいと思っています。さて、今年はどういう結果になるでしょうか…? 後ほど、このblogで詳細を発表いたします。

乞うご期待!

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